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「帝国主義国の軍隊と性」書評 女性への差別と暴力を直視する

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月05日
帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設 著者:林 博史 出版社:吉川弘文館 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784642039123
発売⽇: 2021/12/20
サイズ: 20cm/472p

「帝国主義国の軍隊と性」 [著]林博史

 戦争は女性のからだとこころに対する暴力の温床であるにもかかわらず、歴史の教科書はまるで戦争を男同士の戦いのように描きがちである。性暴力に苦しみながら打ち捨てられてきた女性は戦争被害の例としてきちんと取り上げられてこなかった。そんな男性中心的な歴史観をせめて高校の授業からでも変えていかないと、東京五輪の騒動で世界に知られた日本のジェンダー観は、いつまでも世界の恥でしかない。
 沖縄の人びとや女性に対する日本軍の暴力について「神は細部に宿る」を地でいくような研究を展開してきた著者の仕事には、私も多くを学んできた。その著者が英国の軍隊と性の一五〇年の歴史を、仏独米韓伊日などと比較しつつ、一次史料を英国、米国やジブラルタルで集めて書いたというから思わず手に取った。
 一九世紀のインド支配の中で、英国は兵士を性病から守るために軍用売春宿を設置した。一九世紀末に米国の女性二人が行った調査の報告書によると、奴隷貿易で各地から連れてこられたり、夫の虐待から逃げてきたり、借金返済のために売春婦にされたりした女性が現地の警察などによって集められ、性病検査を何度も受けさせられながら、売春宿で対応してきたのだった。兵士の暴力は残虐の極みだ――殴る、蹴る、火に投げ込んで焼く、金を奪う、拷問する、綿のキルトを奪って酒のために売り払う、腕と胸を切る。
 飢饉(ききん)のときに売られた女性は「私の人生はずっと一日たりとも幸せな日はなかった。私の心は傷だらけ」と調査者に話した。
 本書をつらぬくのは、植民地の軍隊にはびこる何重もの売春婦への差別意識と、それによる女性の極限の「モノ化」への痛烈な批判である。いわば性的欲望の「回収装置」を品定めし、安全点検し、利用して、傷をつけては捨てる。過去の暴力を知り今の暴力に立ち向かうための必読の一冊と言えよう。
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はやし・ひろふみ 1955年生まれ。関東学院大教授(現代史)。著書に『沖縄戦と民衆』『BC級戦犯裁判』など。