1. HOME
  2. 書評
  3. 『「欲しい!」はこうしてつくられる』書評 「こうあるべきだ」で世界を体験

『「欲しい!」はこうしてつくられる』書評 「こうあるべきだ」で世界を体験

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月12日
「欲しい!」はこうしてつくられる 脳科学者とマーケターが教える「買い物」の心理 著者:マット・ジョンソン 出版社:白揚社 ジャンル:マーケティング・広告

ISBN: 9784826902342
発売⽇: 2022/01/17
サイズ: 19cm/373,30p

『「欲しい!」はこうしてつくられる』 [著]マット・ジョンソン、プリンス・ギューマン

 人はパテとドッグフードの味の違いを区別できるか。ある実験では5皿のうち、4皿には本物のパテが、1皿にはドッグフードを成形したパテが乗せられた。それらを試した参加者は、どの皿がドッグフードか、ほとんど当てられなかった。もしこれが実験でなく、レストランで何も告げられずにドッグフードが出されていたら、何も疑わずに美味(おい)しく食べてしまうだろう。
 人間の味覚がいい加減という話ではない。舌に届く食べ物の感覚と、脳が最終的に体験することのあいだには、大きな隔たりがあるのだ。ワインのソムリエでさえ、白ワインを食紅で赤くしたものを渡されると、赤ワインのような味わいを感じてしまう。
 人が何かを飲んだとき、脳はさまざまな情報から「こうあるべきだ」と推測する。その推測を私たちは体験する。実態は白ワインであっても「色が赤だからこれは赤ワインで、赤ワインの味わいを感じるべきだから、赤ワインを飲む体験となる」のだ。この過程で、脳内で作られる推測をメンタルモデルという。
 舌からの刺激は、メンタルモデルの構築に作用する一要素にすぎない。色合い、店の雰囲気、音楽、食器、とりわけ視覚からの情報が、その構築には大きく作用する。だから商品を作ることを、物理的なもの作りと狭くとらえてはならない。人間が体験するメンタルモデルをどう作るかを考えねばならないのだ。
 コカ・コーラのCMは常に、楽しいひとときを満喫する人々を描く。作り手の客への狙いは、コカ・コーラを買わせることだけでなく、買った後の心理状態をそのCMのように誘導することだと著者は指摘する。自分の「欲しい」は、自分が思うよりはるかに他者に作られている。その理路を知ることは、怖いようでもあるが、それ以上に面白い。それは自分がどのように世界を体験しているかを知ることだからだ。
    ◇
Matt A.Johnson 脳科学者、作家▽Prince Ghuman マーケター。ニューロマーケティングが専門。