必死に上を目指す芸人はすごい
——東野幸治さんといった大先輩から相方の吉村さん、霜降り明星やEXITといった後輩まで。初の著書『敗北からの芸人論』の中で、総勢21組の芸人が持つ「お笑いの才能」や「売れている理由」を紹介していますよね。本来なら同業者を腐すスタイルの芸人が多い中で徳井さんの「褒める」スタイルは異質で、だからこそおもしろいと思いました。
褒めることを明確に意識したのは「ゴッドタン」(テレビ東京)という番組がきっかけです。この番組で「腐り芸人」としてフィーチャーされた板倉さん(インパルス・板倉俊之)と岩井(ハライチ・岩井勇気)と僕で「腐りカルタを作ろう」という回のとき。企画は簡単に言うと大喜利。3人で次々にボケていったんですが、板倉さんと岩井の視点があまりに腐りすぎていて(笑)。「そんなこと言う!?」って、僕には到底思いつかない発想の連続。自分なりに頑張ったけどうまくいかずに、悔しい思いをしました。多分、実力的に無理だったんですが、逆転の目があるとすればあの場で逆張りして褒めることだと思い至って。
——同じ「腐り芸人」ですが、確かにお二人とは系統が違いますもんね。
そもそも腐すのが苦手だし、思いつかないんですよ。腐すのに関しては、久保田(とろサーモン・久保田かずのぶ)とか天才的じゃないですか? あいつのはほとんど特殊能力に近いから、同じ土俵では戦えない。
—— “褒める芸風”という新境地を徳井さんが切り開いたとも言えますが、従来的な考え方だとそもそも芸人に向いてないとも言えますよね? 著書でも、NSCに入った直後にピース(当時はそれぞれ別のコンビで活動)のおもしろさに衝撃を受けて「辞めようと思った」と書かれています。それでも辞めなかったのはなぜですか?
僕からすればちっとも不思議なことじゃないです。学校(NSC)にほとんど行っていなくて、実質的に辞めていたようなものですから。北海道から一緒に上京してきた友人と、パチスロと酒ばっかりの毎日を送っていて、いっそパチプロにでもなろうかみたいな。でも、卒業後に顔見知り程度の吉村から「コンビを組まないか」って連絡がきたから「わかりました」って答えたんです。断る方がカロリーを使うじゃないですか? あいつからしても僕が本命だったわけじゃなくて、候補順に声をかけて8番目ぐらいが僕だっただけ。それから22年間、形式的に家庭を作っているようなものですね。
——しれっとすごい発言ですね(笑)。
僕はNSCに入った直後に芸人としてトップになれない現実に絶望して、だからこそ必死に上を目指す芸人をすごいと思っているし、芸人のおもしろさを多くの人に知ってもらいたいんです。今はそれが自分の芸人としてのモチベーションで楽しいこと。だから今後も、誰に何を言われようと褒め続けたいですね。
際立った天才芸人たち
——著書の中で取り上げている21組は、どのように選んだのでしょうか?
すぐにでも思い出せるようないい話、つまり“勉強になった”とか“感動した”といったエピソードがある人を書いていった感じですね。エピソードがおもしろいかはあんまり関係なく(笑)。だから、そういった話を期待してメディアに呼んでもらうと、変なふうにスベるんですよ。
—— “いい人”を見つけられるように、どんなところに注目してアンテナを張っているんですか?
いい人でもないんですが……興味深いというか、心が動かされるというか。「10年頑張ったら僕でも同じこと言えるな」といった、自分の延長線上にいる人に対しては特にどうとも思わないんです。非常識だろうが自分が絶対に辿り着けない、それどころか想像すらできない思考の芸人に注目していますね。ナダル(コロコロチキチキペッパーズ)とか、全然関わり合いたくないですが、「すげえ……」とは思うんですよ。あとクロちゃん(安田大サーカス)も。
——著書では、売れていない芸人が売れるようになった“転換期”についても考察していますよね。
ネタがどうこうというよりも、売れている芸人は、ふだんの会話や間の取り方、顔つきとかで「あ、変わったな」って感じるんですよ。かまいたちなんて、2人揃って尖っていた印象なのに、ある日を境にいい意味で別人のようになったし。ずっと変わらないのはシソンヌとジャルジャルぐらい? あの2組も際立った天才だと思います。
M-1への諦めから芸人考察へ
——「芸人に対する愛、バラエティに対する愛では、誰にも負けない自信がある」とも書かれていて、それが本書のテーマでもありますよね。
そうですね。僕よりテレビを楽しく見まくっている人間に会ったことがなくて。自分が出ている番組にはあまり興味がないんですが、いちテレビファンとして毎日の番組が楽しみなんです。バラエティ以外にワイドショーもカバーしているから大忙し(笑)。少なくともテレビに出ている人間の中では僕が一番見ていると思いますよ。
——テレビが好きなのは昔からですか?
今みたいに好きになったのは、漫才で勝負するのを諦めてM-1グランプリに出るのをやめた15年ほど前から。逆にそれまでの約10年はほとんど見ていません。それはやっぱり嫉妬かな。自分にそんな感情があったことにもびっくりですが。だから、(相方の)吉村は漫才を諦めたあとあたりの「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ)で、後輩が軒並み売れていくのに嫉妬していましたけど、僕はそんな気持ちがちっとも湧かなくて。後輩や同期の5GAPとかの活躍を「すげえな」っていう素人的な感覚で楽しんでいました。
——芸人を考察するようになったのは、テレビにハマったのが関係しているのでしょうか?
それはありますね。若手のうちから、酒を片手にそういうことを考えていたとは思うんですが。それで、テレビで話すようになったきっかけは「333 トリオさん」(2010年スタート)。ジャングルポケット、パンサー、ジューシーズが超若手の頃にテレビ朝日でレギュラー番組を持つってことで、周囲の芸人たちは嫉妬していたんですが、僕はその時には嫉妬心なんて消え失せていて。「劇場で一緒の後輩がやるんだ!」って興味津々で毎週見ていたんですよね。
あるとき、その特番に平成ノブシコブシが呼んでもらえて。番組はずっと見て知っていたんで、上から目線で「もっとこうした方がいい」とかボケ続けたんですよ。実績のない僕が。それが珍しかったらしく、演出の人が「今度はドッキリでやろう」ってもう一度呼んでくれて。それから、そのスタッフが同じく担当している「アメトーーク!」(テレビ朝日)にも呼ばれたんですが、お客さんには全然ウケなかったんですよ。当たり前ですよね。よく知らない僕が、なぜか雨上がり決死隊の横で「あそこの芸人さんはいい」とか言って(笑)。芸人の間ならボケとして成立するけど、一般の人からしたらマジで意味がわからないでしょ。案の定スベって、「考察芸」は冷凍保存されるんですが、それが「ゴッドタン」で発掘されたという流れです。
負けを知らない若手には「好き勝手やってほしい」
——芸人を含む徳井さんが好きなものを紹介するYouTubeチャンネル「徳井の考察」を2020年にスタートさせたものの、『敗北からの芸人論』の元となったデイリー新潮での連載は幕を閉じました。今後も、コラムのかたちで芸人のおもしろさを発信したい気持ちはありますか?
求められればやりたいですが、無理をし始めたら怖いと思うんです。『敗北からの芸人論』と同じ切り口だと、今なら錦鯉なんかはピッタリですが、負けを知らない若手については語れることなんてなくて。真空ジェシカとか僕より100倍は面白いから「何か語れますか?」と求められても「好き勝手やってほしい」以外に言うことないですよ。そうして無理に捻り出さなきゃいけなくなると厳しい。それにTwitterのコメントとかを見ると、若い人たちは僕のことを「考察屋さん」だと思っているようで「悪口は言わないんですね」「ダメ出ししないんですね」って言われることもあって。僕は自分が好きな芸人を「こんなにすごいんだぞ」って紹介したいだけで、悪く言うわけがないのに。
——あくまで自分が感じるままに発信していきたいということですね。そして同じ切り口だと、いずれ枯渇する危険性もあると。とか言いつつ、実はもう別の媒体から執筆依頼がきているんじゃないですか?
それが1件もなくて……。鮮度を考えればあってもおかしくないですよね? 何でこんなに依頼がないのか、逆に教えてほしいんですけど(笑)。