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松浦理英子さん「ヒカリ文集」インタビュー 「心を使わない人」に心奪われて

松浦理英子さん 〓Kodansha/Naoto Otsubo

6人の愛、それぞれの景色

 ヒカリはみんなに愛された。劇団の仲間だった男女6人が、今は姿を消したヒカリへの思いをつづる。6人の文章を集めたという設定でシナリオ、小説、手記と章ごとに表現方法を変えた。6編に描かれる愛はいずれも違う景色を見せる。

 身近で「心を使わない人」に会ったことが構想のきっかけ。巨大アイドルグループをテレビで見かけても「心を使わない人」が気になる。「腹黒」「あざとい」と言われながら慕われている。「複雑で興味深く、いろいろ書きようがあると思いました。肯定的に描ければとても魅力的になる、と」

 優しいのに心が通い合わない。ヒカリは最後まで姿を現さず、心の内は誰にもわからない。「自分で内面を語らない方が魅力的に見える人物像があると思う。たとえばサディスト。いろんな人に愛されるヒカリも、内面を書きすぎないほうが想像力をかき立てられます」

 「心を使わない人」は、実は過去の作品にも登場していた。2007年の『犬身(けんしん)』で、「犬になりたい」という主人公の願いをかなえる謎めいた男がそう。17年の『最愛の子ども』では級友から「パパ」と呼ばれる女子高校生にこの役割を与えた。いずれも周囲を揺さぶり、物語を動かす重要な存在だ。

 ヒカリは男性とも女性とも愛を交わす。女性同士の関係は、渇望も至福もより豊かに見えるが、作家に気負いはないという。

 「『ナチュラル・ウーマン』を書いた40年ほど前は女性同士の恋愛は、男女の差異や女性差別の問題をまじえずに書けるので、純度高く、密度高く書けると考えていました。男女の関係だと一般的なものより、特色のある男女を書くことが面白いですね」

 今作は「序に代えて」というはしがきがつき、文集が編まれた経緯を登場人物のひとりが説明する。この構成は、必然だった。

 「読者の前に出される言葉が、いつどういうきっかけで誰に向けて書かれたのかを示しておきたい。私の作家としての方針です」

 方針は、初期の代表作ですでに示されていた。ベストセラーになった1993年の『親指Pの修業時代』は、主人公が親友の知人である小説家Mに語った珍妙な物語という設定だった。2012年の『奇貨』も、私小説作家の本田が見た女たちの恋愛や友情を書いていると読める。

 「近代小説では、いつ誰がなぜこの小説を書いているかは自明のこととして透明化され、書かれないことが多い。私には疑問でした。あたかもそれが真実であると読者に差し出されている。私はたった一つの真実を誰かに押しつけるような形の小説は書きたくないのです」

 寡作だ。今作は5年ぶり。『犬身』は7年がかりだった。どうして、と問えば、「脳が消耗しやすく、1日にたくさんは書けないのです。毎日1行でも書けたらよくやったと思うし、いつか終わると自分を励ましながら書いています」。

 言葉を選ぶような沈黙のあとでこう続けた。「自分にとってもどこか意表をつくようなひらめきが訪れるのを期待して、パソコンの画面に向かい合っています。セリフ一つにしても、不自然でない範囲で、なるべく飛躍がある言葉を探している。ひらめきを待って書きたいし、ひらめきが訪れるまで、待ちたい」。だからこそ言葉は濃度を高める。読者は何年だって待っている。(中村真理子)=朝日新聞2022年3月16日掲載