1. HOME
  2. 書評
  3. 「帝国をつなぐ〈声〉」 「同化」の終焉に流れた玉音放送 朝日新聞書評から

「帝国をつなぐ〈声〉」 「同化」の終焉に流れた玉音放送 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月19日
帝国をつなぐ〈声〉 日本植民地時代の台湾ラジオ 著者:井川 充雄 出版社:ミネルヴァ書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784623092796
発売⽇: 2022/02/15
サイズ: 22cm/247,4p

「帝国をつなぐ〈声〉」[著]井川充雄

 台湾では日本のテレビ番組が見られない。少なくともリアルタイムでは。台湾人の両親を持つ私は家族で「帰国」するたび、日本人は日本のテレビを、台湾人は台湾のテレビを、それぞれ見るものなのだと子ども心に理解していた。
 しかし、「空間的に離れた場所にいる人々に、正確な時刻を知らせ、スポーツの試合に熱中させ、演じられるドラマに涙させる」ことを可能とするメディアとして、テレビに先立つラジオの歴史に目を向ければ、日本人と台湾人が同時刻に同じ放送を聴取する時期もあったのだ。
 本書は、日本統治下の台湾放送局をとおして「一九二〇年代に誕生したラジオが、いかにして国民統合のメディアへと成長していったかを」詳細にわたって検討している。
 まず、日本のラジオ放送は、昭和天皇の「即位の礼」の模様を「全国で聞けるようにする」ことを契機として整備が進められた。新聞や雑誌といった活字メディアには「一定のリテラシー(読み書き能力)が必要とされ」るのに比し、音声メディアのラジオは「市民社会の階級や階層」を跨(またが)って、「人々の情緒に訴えかけ」るのに適している。全国で同時刻に同じ体操をしているという意識を育むなど、ラジオは、大いに「大衆社会の成立に貢献した」。
 言うまでもなく、台湾は、日本にとってのはじめての植民地であった。
 台湾ラジオは最初から「同化政策の一翼を担うものとして、台湾人に日本の国民としての意識を涵養(かんよう)する」役割を担わされた。と同時に、「日本が初めて獲得した外地であり、植民地支配の優等生であろうとする台湾の統治者たち」によって「日本が南進する際の拠点としての役割」を果たすべく、「大日本帝国の版図を結びつけてきた東亜放送網」の中心にもなってゆく。
 一九四五年八月十五日、日本の植民地支配が終焉(しゅうえん)を迎えるその始まりの瞬間、「外地」と称された中国占領地、満州、朝鮮、南方各地でも玉音放送は流れた。「植民地に居住する日本人も、支配された人々」もラジオから流れる天皇陛下の声によって「日本の降伏」を知ったのだ。むろん、日本国内同様、「雑音がひどく、その内容がどういうことであるか、よくわからなかった」と振り返る人の方が多いようなのだが。
 かつての宗主国の末裔(まつえい)たる現在の日本人の頭の中に浮かぶ「日本地図」が、大日本帝国の「版図」とは異なるものだとしても、「終戦を告げる天皇の〈声〉」が響いた場所の範囲に思いを及ばせるという形の、歴史への敬意を抱くことは可能だろう。
   ◇
いかわ・みつお 1965年生まれ。立教大教授(メディア史)。占領期におけるGHQのメディア政策を中心に、戦後のメディアを研究。著書に『戦後新興紙とGHQ』、共編著に『近代日本メディア人物誌』。