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「寺院建築入門」書評 見た印象を肯定し数学的に分析

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月02日
奈良で学ぶ寺院建築入門 (集英社新書) 著者:海野 聡 出版社:集英社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784087212020
発売⽇: 2022/02/17
サイズ: 18cm/250p

「寺院建築入門」 [著]海野聡

 寺院を訪れる方は、そこに何を求めるのだろう。ご利益、歴史、仏像……多くの店が軒を連ねる門前の賑(にぎ)わいかもしれないし、反対に境内の静けさが与える心の安寧かもしれない。いずれにしても寺院があれば、人の足はおのずと向かう。
 私も奈良を始めとする古寺独特の静謐(せいひつ)さに魅せられ、これまで様々な寺を訪れて来た。ただ告白すると、その関心はやはり寺の歴史や安置されている仏像の由来に向けられ、寺院建築にまで目を向ける余地がなかった。それは建築の知識が皆無で、どこに注目すればいいのか分からなかったためでもある。本書はまさにそんな読者のためにあるとばかり、多くの挿絵・写真を用いて古代建築の基礎を解説するとともに、代表的な古寺として奈良の唐招提寺・薬師寺・興福寺・東大寺を挙げ、各堂宇の見どころを今、筆者と共に奈良を歩いているかの如(ごと)くひも解いてくれる。更には各寺の伽藍(がらん)配置や建立経緯を通じて、建築史や政治史、ひいては日本そのもののありかたにも深く切り込むのだから、「入門」とのタイトルがもったいないほど濃密な一冊だ。
 しかもありがたいのは各建築について解説する際、まず「どっしり感」「安定感」といった視覚によって与えられる印象を肯定した上で、それが何に由来するか建築的・数学的に分析されていることだ。自分の眼(め)で感じたものが正しいのか、なぜそう感じたのかが分からぬ私なぞには非常に心強い。
 本書によって寺院建築の見方を覚えれば、他の寺を鑑賞するポイントも自(おの)ずと身に付くはず。ただ唯一の問題は、本書をお供に奈良を旅したなら、あちらこちらの建築をつくづく見入ってしまい、筆者お勧めの一泊二日コースでは時間が足りぬと思われる点だ。
 近々奈良を訪れる予定の方はもちろん、寺院をより深く知りたい方、日本の歴史を多角的に学びたい方にも必携の書籍である。
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うんの・さとし 1983年生まれ。東京大准教授(工学)。『古建築を復元する』『建物が語る日本の歴史』など。