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「給料はあなたの価値なのか」書評 米国の「自由な労働市場」の現実

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月02日
給料はあなたの価値なのか 賃金と経済にまつわる神話を解く 著者:川添節子 出版社:みすず書房 ジャンル:

ISBN: 9784622090557
発売⽇: 2022/02/14
サイズ: 20cm/260,50p

「給料はあなたの価値なのか」 [著]ジェイク・ローゼンフェルド

 副題「賃金と経済にまつわる神話を解く」が示すように、労働が絡む社会問題についての最新の知見を網羅的にまとめた解説書である。給与がどう決まるかについての考え方の整理に始まり、本場アメリカでの成果主義の実態を紹介する。
 自由な労働市場といいながら、気が付けば雇用者に縛られ孤立して身動きがとれなくなっている労働者の現実。その雇用者とて株主には逆らえず、莫大(ばくだい)な富が一部の資産保有者に集中する様子。ロボットやAIの浸透で様変わりする仕事。事例をうまく引用した語り口は、さすがワシントン・ポストはじめ世界に知られる紙面にコラムを寄稿する文章巧者である。ありもしない「終身雇用」を仮想敵になぞらえた、架空戦記さながらの労働市場改革論が堂々と平積みされるなか、刊行から一年で時機を失さずに邦訳した出版社と翻訳者には拍手を送りたい。
 本書は社会学者によって執筆されているが、内容の多くは、実は労働経済学研究の最新の成果に依拠している。労働経済学者の手ではないのか、という疑問はさておき、たとえば、競争市場の権化とされてきたアメリカの労働市場でさえ、使用者の独占力が無視できないことは、最近ようやく明らかにされつつある。採用市場での囲い込みはもとより、自分の給与に関する情報を他者に漏らしてはいけないという給与秘密保持義務や、退職後に競争相手に転職してはいけないという競業避止義務を課すことは、アメリカでは多くの州で違法でありながら実際には広く利用されている。
 こうした有形無形の「力」が賃金の低下につながる可能性は、よく知られるようになってきた。労働政策を声高に議論し、他人の職業人生に口をはさむのであれば、本書に整理された知識の現在地を知ることはもはや不可欠だろう。ただし、本書はあくまでもアメリカの現実を説明している。日本の現実は、別にきちんと検証する必要はある。
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Jake Rosenfeld ワシントン大セントルイス教授(社会学)。先進民主主義国での格差について研究。