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産婦人科医・遠見才希子さんが「性とからだの絵本」シリーズを刊行 4歳から読み聞かせできる、性教育絵本

写真:柳原久子

「早く知りたかった」声におされて

―― 子ども向けの性教育の絵本を作ろうと思ったのはなぜですか。

 大学生の頃から、全国の中学校や高校で性教育の講演を続けてきたのですが、その中で何度も「もっと早く知りたかった」と言われたんですね。中には、意図しない妊娠や性暴力被害などをこっそり打ち明けてくれる子もいました。それはその子たちの責任ではなく、性的同意を含む正しい知識を伝えてこなかった大人たちの問題だと痛感したんです。

 また、私自身に子どもが生まれたことも大きなきっかけとなりました。性教育というと日本では、性で傷つかないように、人を傷つけないようにするための教育とイメージされがちで、それももちろん大事なんですが、性教育は本来、健康と幸せの実現のためにあるはずなんです。だからもっとポジティブに、子どものうちから絵本を通して日常の中で楽しく伝えていけたらいいなと思いました。それで、「おかあさんとみる性の絵本」シリーズを出している童心社さんに連絡してみたんです。何のつてもないので、問い合わせフォームから。無謀ですよね(笑)。

自分の体は自分だけのもの

―― シリーズ1冊目『うみとりくのからだのはなし』のテーマは、体の権利と同意、プライベートパーツ。性教育は人権教育なのだということに気づかされる内容です。

 性教育として多くの人が思い浮かべるのは、体の変化や妊娠・出産のことかもしれませんが、国際的には「包括的性教育」と言って、性を「人権」という視点で捉え、性の多様性やジェンダー平等も含めた広いテーマを幼いころから体系的に学ぶことが推奨されています。

シリーズ1作目は4、5歳からを対象とした。『うみとりくのからだのはなし』(絵:佐々木一澄、童心社)より

 『うみとりくのからだのはなし』では、双子のうみとりくを主人公として、体はひとりひとり違うということ、自分の体は自分だけのもので、誰がどんな風に触るかは自分で決める権利があるということ、「いやだ」「いいよ」と気持ちを相手に伝えたり、相手の気持ちを聞いたりすることの大切さを、丁寧に描きました。性教育の第一歩として、最初に伝えておきたい内容の絵本になったと思います。

―― 体に触られたいかどうかは、人それぞれで違うし、時と場所、相手によっても違う。その人の体はその人だけのだから、嫌なときは嫌だと言っていいんだよ、ということを、前半でとても丁寧に伝えています。

 プライベートパーツを見せちゃだめ、触らせちゃだめ、性暴力に遭いそうになったら「NO・GO・TELL(嫌だと言う・逃げる・大人に伝える)」……それだけを伝える絵本にはしたくなかったんです。ベースはやはり権利と同意。同意のない性的な行為、性暴力を減らすには、加害を減らす必要があります。あなた自身が大切な存在だということ、なおかつ、世界にはいろんな人がいて、みんな大切な存在だよね、お互いの体と気持ちを大切にしようね、ということが、この絵本で一番伝えたかったことです。

『うみとりくのからだのはなし』(絵:佐々木一澄、童心社)より

セックスをどう描くか

―― 2作目『あかちゃんがうまれるまで』では、妊娠・出産だけでなく、性交と受精、帝王切開や不妊治療までも紹介しています。

 この絵本で最大のポイントは、セックスをどう描くか、でした。インターネットのアダルトコンテンツで初めてセックスを知る子も多い時代ですが、子どもたちがセックスについて初めて知る情報源は、科学的で、人権を大切にした、ポジティブなものであってほしいと思っていました。また、大人にとっても読み聞かせしやすい絵本にしたかったので、この絵本ではセックスについて親が話すのではなく、産婦人科のお医者さんが説明するという流れにしています。

 私自身、産婦人科医として妊婦健診をしていたとき、子連れの妊婦さんも多かったので、子どもにもわかるように説明しながらエコーを当てるといったこともたくさんあったんですね。それで、主人公がお兄ちゃんになる、という視点で物語を進めることにしました。性教育=命を大切にしましょう、みたいな伝え方だとピンとこないので、ペニスを腟の中に入れて射精して、その結果妊娠が起きる、ということをきちんと描いています。

産婦人科医の先生は女性にも男性にも見えるように描いてもらったという。『あかちゃんがうまれるまで』(絵:相野谷由起、童心社)より

―― 相野谷由起さんの絵がやさしいタッチとあたたかい色彩で、セックスのシーンも受け入れやすいと感じました。

 最初は結合部だけ描くという案もあったり、体位は男性が上か女性が上か、などと悩んだりもしたのですが、最終的に相野谷さんが、対等な関係性で、人と人とがつながる心地よさをすばらしい絵で表現してくれました。性的同意や不妊治療についても触れて、セックスというのは子どもが生まれるまでの過程の一部でしかないということも伝わったと思います。

―― 最後は緊急帝王切開での出産シーンです。

 腟から生まれる方法と、手術で生まれる方法があることを説明した上で、あえて緊急帝王切開にしました。出産はいつどんなことが起こるかわからない、ということも伝えられるし、いまだに帝王切開は経腟出産より楽なお産だと誤解している人もいるので、産婦人科医として、どんな出産もかけがえのないものだと伝えたかったんです。

 他にも、お皿を洗うパパや、妊婦健診の帰りのバスでのやりとりなど、細かなところまでこだわって描きました。

妊婦であるママがバスで席を譲られるシーンをあえて入れた。『あかちゃんがうまれるまで』(絵:相野谷由起、童心社)より

自分らしく幸せに生きるために

―― 3冊目『おとなになるっていうこと』は、思春期に起こる心と体の変化と性の多様性がテーマです。

 性の多様性というテーマについては最初、自分は当事者じゃないから……と自信をなくしていたんです。でも、いろんなセクシュアリティの方々とお話させていただく中で、私も含めて誰もが性の多様性の中にいる当事者なんだと気づかされました。私自身もまだまだ勉強中ですが、さまざまなご意見をいただきながら、多くの方々の力を合わせて完成した絵本です。

『おとなになるっていうこと』(絵:和歌山静子、童心社)より

―― 月経や射精という第二次性徴を、女の子用、男の子用と分けずに描いているのもこの絵本ならではですね。

 月経や射精のことを、学校で男女それぞれ別の部屋に集められて教わったという方も多いと思います。なんとなく恥ずかしくて、話題にしにくいこととして扱われていますよね。でも、自分や自分以外の人を大切にする力を育むためには、自分の体に起こることも起こりえないことも、幅広く知る機会が必要です。セクシュアリティについてもさまざまな問題があるので、同じ絵本に描くことができてよかったなと感じています。

 「困ったことや知りたいことがあったら、いつでも話を聞くからね」と言ってくれる大人が身近にいるということも、とても大事。子どもが気軽に相談できるような関係を、日頃から築いておけるといいですね。

――「ひとりひとり みんな ちがう。/こころも からだも みんな ちがう。/だれかと くらべなくても いいんだ。/からだのことを もっと しりたいと おもった。/いろんなひとが いることを もっと しりたいと おもった。」という最終ページは、シリーズ全体を通して伝えてきたことともつながります。

 「人権」と言うと難しく感じるかもしれませんが、わかりやすく言えば、自分を大切にすること、自分らしく幸せに生きること、そして人それぞれ違いを認め合い、思いやることだと思います。この3冊をきっかけに、たくさんの子どもたちが心と体、人権について考えてくれたらうれしいです。