ISBN: 9784490210644
発売⽇: 2022/02/28
サイズ: 20cm/430p
「ファシズムとロシア」 [著]マルレーヌ・ラリュエル
プーチンのマッチョさはムソリーニのようだ。野党を暴力で封じ、国民の表現と言論の自由を奪い、隣国に対する攻撃によって、経済危機で自信を失ったロシア人に大国意識を与えるのはヒトラーに似ている。
私たちはついプーチン体制をファシズムと呼びたくなる。実際、T・スナイダーなどの著名な歴史家はロシアの現状をファシズムに喩(たと)えて論じるのを好む。では、ロシアは二一世紀のファシスト国家なのか。
ロシアのイデオローグや大統領周辺の人々の言動と影響力を詳細に調査した本書の答えは「NO」である。
たしかに、ファシズム期のドイツで活躍した自警団の如(ごと)き組織もプーチンの周辺におり、ファシズム支持を公然と唱える思想家も知られている。だが、それは本丸ではない。ファシズムと呼ぶことで、ロシアを西側の理解不能な敵に固定化してはならない。ロシアの政治的展開を問う唯一の正当な方法は、己を知る、つまりプーチン体制の中の西側的部分を知ることだ、と。
そして著者は、現在のプーチン体制は次の三つの勢力の「生態系」だという。
第一に大統領府。リベラリズムを排し、国家指導者の無謬(むびゅう)性を強調して反対派を威圧する。だが、それは一つの主義の貫徹ではなく、競合する多元的な考えの混在の結果だと分析する。
第二に軍産複合体。高齢層の文官や軍の高官が国防省や軍需産業の要職の多数を占める。ソ連時代のノスタルジーを中心にした保守主義の傾向が強い。
第三に正教会関係の諸組織。周縁には反同性愛や君主制主義などが渦巻いているが、ファシズム的性格は部分的であり、むしろ市民と政府を巻き込んだ反リベラルなネットワークの様相を呈している。
反リベラル勢力の高まりにせよ、軍産複合体の存在感にせよ、反対派の弾圧にせよ、世界的現象であり、現代日本の状況とも似ている。時宜に適(かな)った重要な本の翻訳出版に感謝したい。
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Marlene Laruelle 米ジョージ・ワシントン大ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所所長。