ロシアによるウクライナ侵略が始まってからというもの、小泉悠氏の顔をテレビで見ない日はないと言っても過言ではないだろう。専門的な知識を持たない一般の視聴者を置いてきぼりにしない分かりやすい語り口は、本書においても存分に生かされている。
今回の戦争ほど、軍事的な視点からロシアを見ることの重要性を痛感させられるできごとは近来無かった。私自身を含め、ロシアとのつきあいが長い者の多くが「よもや全面的な侵攻などありえないだろう」と考えていた今年1月の時点で、小泉氏は「今起きているのは過去30年なかったような規模のロシア軍の集結」「『なぁに心配ないですよハハハ』と僕はどうしても言えません」とツイッターを通じて警告を発していたのだ。
こうした冷徹な判断のためには、ロシア軍を戦闘機や戦車などの性能だけで見るのではなく、彼らがどういう脅威認識を持ち、それにどう対応しようとしているのかという「軍事戦略」を知ることが重要になる。この点で、本書ほど充実した内容のものはないだろう。
たとえば、2014年のクリミア占領の際のプーチン大統領の演説を引き、西側がウクライナを舞台に情報操作などを駆使する「非線形戦争」を仕掛けているという彼の認識を指摘する。さらに、そうした被害者意識は決して彼個人のものではなく、実際の安全保障戦略や大規模な軍事演習に反映されていることを描き出している。
一貫して強調されているのは、サイバー空間などでの非軍事的手段が大きな比重を占める現代にあっても、古典的な軍隊が戦争の主役の座から降りたわけではないという事実である。ウクライナの状況を見れば、深くうなずかざるを得ない。
その延長線上にあるのが、最終章で取り上げられている核戦力だ。ロシアで検討されてきた「限定的な核使用」の可能性を否定しきれない現状には、暗澹(あんたん)たる気持ちにさせられる。駒木明義(本社論説委員)=朝日新聞2022年4月30日掲載
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ちくま新書・1034円=8刷8万6千部。昨年5月刊。ロシアのウクライナ侵略で増刷を重ね、担当編集者は「データを基にしたシビアでリアルな考察」が読まれている一因と見る。