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『「コミュ障」のための社会学』書評 先人の知見に学び見方を変える

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2022年05月14日
「コミュ障」のための社会学 生きづらさの正体を探る 著者:岩本 茂樹 出版社:中央公論新社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784120055188
発売⽇: 2022/03/22
サイズ: 19cm/253p

『「コミュ障」のための社会学』 [著]岩本茂樹

 新年度のドタバタが一段落する今日この頃、気をつけておきたいのが五月病である。正式な医学用語ではないが、この時期に心身の不調を訴える人が多いのは事実。新しい環境になじめず凹(へこ)んでいる人も多いのではないだろうか。
 「生きづらさの正体を探る」という副題に惹(ひ)かれて表紙をめくると、「恥ずかしながら、告白します」という言葉とともに、著者が学生時代に社会学の単位を落としたというエピソードが。社会学部の教授=エリートのイメージが一気に崩れ、親しみやすい先生の顔が覗(のぞ)く。五月病の心に寄り添うようなはじまりだ。
 「集まりの場で語るのが苦手で、人の輪に入るのをためらいがちなあなた。そして、外への扉を閉じて本の世界に安住しているあなた。それでも、書物に描かれた人物と作者とはコミュニケーションを交わし、他者の気持ちを汲(く)み取る力が醸成されているのです」
 これを読めばわかるように、著者はコミュ障を矯正すべきものとみなさない。むしろコミュ障を別角度から眺め、その長所を浮かび上がらせて見せる。これが単なる慰めに終わっていないのは、社会学や哲学、文学の言葉が多数引用されているから。コミュニケーションとは何か、自己とは何か、身体とは、まなざしとは、孤独とは――先人達(たち)の知見に触れながら、あらゆる事象の根本を学べる。一般教養の教科書としても使えそうだ。
 ちなみに私が「自分のことだ!」となったのは、ゴッフマンの「役割距離」という概念。先生が先生っぽくないことを言うと、型にはまった役割から距離ができ、魅力的に映るらしい。型からはみ出しちゃってる教員を見たら、「普通」がうまくやれない学生が元気になるのではないかと勝手に思っていたのだが、どうやら有用なようだ。というわけで、コミュ障当事者だけでなく、コミュ障との付き合い方を模索中の方にもオススメしたい。
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いわもと・しげき 1952年生まれ。神戸学院大教授。著書に『思考力を磨くための社会学』『先生のホンネ』など。