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「一九三九年」書評 大戦前の揺れる英独社会を描く

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月14日
一九三九年誰も望まなかった戦争 著者:清水 雅大 出版社:白水社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784560098929
発売⽇: 2022/03/28
サイズ: 20cm/528,53p 図版16p

「一九三九年」 [著]フレデリック・テイラー

 第2次大戦は、1939年9月1日にナチスドイツがポーランドに軍事侵略して始まったとされている。
 独ソ不可侵条約が結ばれた9日後のことだ。実はこの条約には秘密協定があり、ソ連もポーランド解体に一役買っていたことが明らかになっている。
 だが、本書はその種の歴史的分析を試みた書ではない。ヒトラーの戦略を土台にしつつ、開戦の約1年前からのイギリス・ドイツの社会構造の変化、指導者間の思惑、庶民生活の推移を追いかけて、戦争がヒトラーの計算通りに進む様を活写した書である。著者は、市井の事件(例えば女性殺害の殺人鬼、ユダヤ人虐殺に怒る青年のドイツ大使館員射殺など)にも目配りしながら、大戦前の社会の揺れる様を描いていく。
 イギリスにせよ、ドイツにせよ、国民の誰もが戦争を望んでいない。逆に反ヒトラーの感情を持つ者の中には、ヒトラーとナチスからドイツ国民を解放するために、戦争になったらクーデターを起こそう、と考える者もいた。ラジオを使ってプロパガンダを繰り返す、ゲッベルスの手法を見破る者もいた。ヒトラーは、自分は平和を求めていると繰り返すので、「総統は平和の人であるという意識がドイツ国民に刷り込まれており、一九三九年まで一般のドイツ人の大部分がこれを信じていた」。
 イギリス社会もユダヤ難民を全面的に支援していたわけではないが、ユダヤ排斥の暴力を知り、「ドイツは狂気じみた指導者たちに統治されている」と考えるようになった。こうして、次第にナチス批判でまとまっていく。38年9月には、ドイツによるチェコのズデーテン地方併合を見捨てたイギリスだが、ポーランドは見捨てない、とヒトラーに伝えた。政治抗争の繰り返しで、相互の国民意識が変化していく。
 開戦はヒトラーとスターリンの野合と評されるが、ソ連社会がどう受け入れたかも興味が持たれる。
    ◇
Frederick Taylor 1947年、英国生まれ。歴史家。欧州現代史を研究、ゲッベルスの日記を編集・英訳した。