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第35回三島由紀夫賞と山本周五郎賞が決定、選考委員講評

砂原浩太朗さん(左)と岡田利規さん=東京都港区

小説ルールの盲点突く面白さ

 三島賞の岡田作品は、パートナーの「ぼく」の暴力から逃れてタイに旅立った「きみ」の行動を、「ぼく」の視点から描いた小説。決してわかるはずのない「きみ」の細かな旅程を、眼前で見ているかのようにつづった語り口が注目された。

 「視点となる人物が知り得ないことは書かないという小説のルールの盲点を突いていて面白い。そのことで、個人の意識に徹底的に寄り添う作品でありながら、広い世界に目が開かれる」と選考委員の多和田葉子さんは評した。

 岡田さんは講評を受けて「わからないにもかかわらず、君はこうしたと書くことによって生まれる暴力性が、何か意味のあるもの、効果のあるものになるだろうと考えた」と振り返る。演劇カンパニー「チェルフィッチュ」を主宰する多忙な演劇活動がコロナ禍で途絶えた時間を使って書いた作品。今後の執筆については「何かを描写したいという欲望に動かされて小説を書いている。演劇とは違い、誰に向けて書いているのかはわからないが、うまく時間を作りながら、書き続けたい」と話した。

薫り高い文章に江戸のムード

 山本賞に決まった『黛家の兄弟』は、江戸時代が舞台の時代小説。17歳の武士を主人公に、架空の「神山藩」で政争に巻き込まれていく3兄弟を描いた。

 選考委員の三浦しをんさんは「作品の世界観や、完成度の高い端正な文章への評価が高かった」と語った。砂原さんは前作『高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)』(講談社)で昨年も候補になっていたが、次点で受賞を逃していた。三浦さんは「書く力量がグレードアップしていた。読者を楽しませるエンタメ展開、仕掛けがある。文章は読みやすく薫り高い。江戸時代のムードが前作以上に感じられる。この作品以外にはないだろうと一致した」と述べた。

 砂原さんは、出版社の編集者やフリーライターを経て、2016年に作家デビュー。会見では「歴史時代小説を書いているものにとって、山本周五郎の名を冠する賞は特別なもの」と喜びを語った。「娯楽性を持ちながら、人生の奥行きが、読んだ人の心に残る。そういう作品を書き続けたい」(田中瞳子、野波健祐)=朝日新聞2022年5月25日掲載