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「BODY SHARING」書評 体験は他者と「共有」できるのか

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月04日
BODY SHARING 身体の制約なき未来 (未来のわたしにタネをまこう) 著者:玉城 絵美 出版社:大和書房 ジャンル:コンピュータ・情報科学読みもの

ISBN: 9784479393771
発売⽇: 2022/03/26
サイズ: 19cm/319p

「BODY SHARING」 [著]玉城絵美

 苦手なことを難なくこなす人に出会うと「いいなあ」と思う。他方、工学研究者はこの羨望(せんぼう)の先を行く。かれらは、「それ、技術でできるんじゃない?」と述べるのだ。玉城は間違いなくその1人である。
 映像と音声を通じ、私たちは知らない世界を擬似(ぎじ)体験する。しかし視覚と聴覚だけでは、そこにあるモノを持ち上げたり、大地を踏み締めたりした時の感覚は得られない。
 Body Sharingはこの感覚の共有を可能にする。視聴覚だけでなく、物体に働きかけたときに生ずる「固有感覚」も得られれば、体験はよりリアルになるだろう。
 玉城はその技術で米「TIME」誌の「世界の発明50」に選出された経歴を持つ工学者であり、描く未来は壮大だ。
 Body Sharingが完全実装されると、身体の制約から人類は解放される。誰かの体験をログとして保存し、体に入力すれば、その体験は自分のものだ。固有感覚のインプットがあれば、仮想と現実の差異は消えてゆく。
 玉城はこの技術を通じ、「人が生きていくための喜び、人として成熟していくための源泉としての『体験』を人びとに届けたい」と述べる。この世界観は、他の友人と同じ体験ができなかった入院経験と、入院患者の声に耳を傾けることで育まれた。その意味で本書は、経験と知性の邂逅(かいこう)が拓(ひら)く未来への物語である。
 しかし読後、こんな疑問も残った。「感覚の共有」は「体験の共有」なのか。誰かの体験を完全に共有したら、それは共有ではなく、一体化ではないか。一体化不能な他者と共存するための営みが「共有」であり、それを尊重するのなら、他者との隙間は残すべきではないか。
 だが、これらの疑問は、新技術の普及時に現れがちな違和感に過ぎないのかもしれない。ウォークマンが心のふれあいをなくすと言われた時代もあったのだ。
    ◇
たまき・えみ 1984年生まれ。琉球大教授。2012年、「H2L」を創業。Body Sharingの産業導入を進める。