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「紛争地のポートレート」書評 「重ね塗り」で浮かぶ人類の価値

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月11日
紛争地のポートレート 「国境なき医師団」看護師が出会った人々 著者:白川 優子 出版社:集英社クリエイティブ ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784420310949
発売⽇: 2022/04/26
サイズ: 19cm/252p

「紛争地のポートレート」 [著]白川優子

 著者の白川優子さんは「国境なき医師団」(以下、MSF)で、10年以上にわたって看護師を続けてきた人だ。
 彼女の役割は「手術室看護師」。シリアやイエメン、イラク、南スーダンなどの紛争地での過酷な医療活動を主な職務としてきた。本書は前著『紛争地の看護師』でその日々を描いた彼女が、キャリアの中で記憶に強く留(とど)まった人々との交流やエピソードを振り返った一冊だ。
 母親からはぐれてしまった赤ん坊、医療へのアクセスを妨げられてきた女性たちや負傷した兵士……。
 深く傷つきながらも病棟で少しずつ生きる力を取り戻していく人の姿がある。医療と国際貢献への高い理想を掲げ、奮闘する個性的なスタッフたちがいる。凄惨(せいさん)な手術室での仕事だけではなく、現場でのちょっと意外な衣食住の事情なども、ときにユーモラスに語られている。
 引き込まれたのは、MSFでのそんな“日常”に身を投じた著者が、現地での様々な経験を通して成長し、これまで見えなかった「世界」の一つの現実を抱きかかえるようになっていく過程だった。
 人間軽視の戦争への怒りを抑え込みながら、支援者として自らの心身をプロフェッショナルにケアし、その中で得た気づきや葛藤。様々なエピソードが油絵具(えのぐ)のように重ねられるうち、MSFの文化、価値観が一つの絵のように浮かび上がってくる。
 〈旗を立てる〉という言葉が出てくる。MSFは世界から見捨てられたような紛争地で、文字通り医療の旗を立てる。医療と平和への理想を胸に集う人々がそこに生み出しているのは、戦争の対極にある人類の価値そのものだろう。
 過酷な「現場」に留まろうとする力とは、果たしてどのようなものか。本書に描かれる人々の姿や著者の思いの一つひとつから、私はそのことを教えられたように感じた。
    ◇
しらかわ・ゆうこ 1973年生まれ。看護師。国境なき医師団日本事務局。派遣された国は昨年9月までで10カ国。