どうせ死ぬならガンがいいと思っていた。脳卒中や心筋梗塞(こうそく)のような突然倒れる病気より、いろいろ準備ができそうだから。が、本作を読んで、少し認識を改めた。
2019年1月29日。前年から体調不良に悩まされていた作者は大腸内視鏡検査を受ける。結果は大腸ガン。そこから始まる闘病生活を日記形式で描く。〈現実感がなく接地面がどうにも定まらない感覚は終日続いた〉という当初の不安感。大病院での過酷な検査と膨大な待ち時間。ステージ4と診断され、体調はどんどん悪化していくのに、具体的な治療にはなかなかたどり着かない。そうか、ガンになるとこんなに大変なんだ……。
しかし、作者の筆致はあくまでも恬淡(てんたん)として静謐(せいひつ)だ。よその子供たちが遊ぶ姿にふと落涙し、濃霧の中を病院に向かう。MRIで脳内に響く音をカエルの鳴き声や釘を打つ音に喩(たと)える。そうした描写は詩的ですらある。妻や医師の態度、それに対する自分の感情も精緻(せいち)に分析。〈効くわけがない〉〈でも苦しい現実に最初に気休めを与えてくれたのは、大病院ではなく怪しいクリニックの方だった〉との述懐には虚を突かれた。単なる「赤裸々」とは違う、超絶技巧の闘病記だ。=朝日新聞2022年6月18日掲載