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人と動物が織りなす恐怖と幻想 猫や犬などが登場する新刊3点

人間の歪んだ欲望が映し出される

 恒川光太郎『化物園』(中央公論新社)は7編からなる連作集で、そのすべてに奇妙な動物が登場する。恒川光太郎といえば日常と隣り合わせにある異界を、幻想的な筆致で綴ったホラーで知られる実力派。本書でも現実のベールの向こうから、もうひとつの世界が姿を覗かせる一瞬を、鮮やかにすくい取っている。

 巻頭作の「猫どろぼう猫」は、実益とスリルを求めて空き巣生活を続ける女性・羽矢子の物語。その日の仕事を終え、雑木林に身を潜めた彼女だったが、いきなり見知らぬ老人に頭を殴られ、体の自由を奪われる。老人は〈ケシヨウ〉という魔物を追って旅をしているというのだが、その言動は明らかにおかしい。サスペンスとかすかなユーモアに満ちた物語は、もう一人の女性キャラクターが関わることで、予想もつかない展開を見せていく。

 すべての収録作に共通しているのは、人間の歪んだ欲望に向けられた著者のまなざしだ。自分にも他人にも言い訳をくり返し、無職のまま42歳を迎えた男性・王司が、急死した父の遺体を部屋ごと封印しようとする「窮鼠の旅」、戦後まもない時代、田舎の一軒家でお手伝いさんをしていた女性・たえの脳裏によこしまな願望がよぎる「風のない夕暮れ、狐たちと」。江戸時代を舞台にした「胡乱の山犬」のように、生まれつき残虐な欲望を抱いている主人公もいるが、大半はいわゆる普通の人々だ。そんなかれらが追い詰められ、破滅しそうになる姿を、どこからともなく現れた動物たちが見つめる。果たして〈化物〉はどちらなのか?

〈風媧はいつもほんの少しだけ宙に浮いていた〉という冒頭の一文からいきなり異界に連れていかれる「音楽の子供たち」が集中の白眉。狭い空間に閉じ込められ、音楽を演奏して暮らす12人の少年少女。小さな世界の滅亡をわずか数十ページで描ききったこの極上の幻想小説によって、7つのエピソードはゆるやかに繋がり、『化物園』というタイトルの意味も明らかとなる。読んでいると恐怖と淋しさ、懐かしさに包まれる、この著者らしい秀作だ。

動物を題材にすることで際立つ味わい

『動物奇譚集』(長野徹訳、東宣出版)はイタリアの鬼才ディーノ・ブッツァーティによる動物小説36編を、デビュー当初の1930年代から最晩年の70年代まで、発表順に収めたアンソロジー。ユニークな着想とかろやかな筆致、深い人間洞察と寓意性、ビターな味わいと裏腹にあるあたたかさなどブッツァーティ作品の特徴は、動物たちを題材にしたことでより際立っているようにも思える。

「ホテルの解体」は古いホテルの地下室で繁栄していたネズミの一族が、ホテルの廃業によって行き場を失い、放浪の旅を余儀なくされるという物語。さまざまなピンチに見舞われるネズミたちをつい応援したくなる冒険譚だが、その結末は物悲しい。戦争を背景にしているだけに、昨今の難民問題などと重ねて読むこともできそうだ。

 20年ぶりにわが家に帰った男が、愛犬の変わり果てた姿を発見する「いつもの場所で」、屠畜場に連れて行かれる直前の牛が、腹を空かせて鳴き続ける「空っぽの牛」のように、人間の都合に振りまわされる動物たちの悲哀がくり返し描かれるが、かれらとてやられっぱなしではない。殺虫剤を開発する人類と蠅との死闘を描いた「蠅」、人間が犬のペットになるという逆転のアイデアを扱った「警官の夢」のように、自然界が人間を翻弄するエピソードも数多く書かれている。海からやってくる三人組の女性たちがなんとも怖ろしい「海の魔女」のような怪談にしても、大自然への畏敬の念が背景にあるのだろう。

 ブッツァーティは大の愛犬家だったそうだが、おそらく動物全般が好きだったのに違いない。ときに残酷、ときにユーモラスな36編の底に流れているのは、置かれた場所で懸命に生きる生命への賛歌なのだ。ところでこの本を読んでいて、大学時代に日本文学のゼミが同じだったイタリア人留学生が、「ブッツァーティと宮澤賢治は似ている」と力説していたのを思い出した。なるほど賢治の「注文の多い料理店」がこの作品集にさりげなく混ざっていても、違和感はないような気もする。

悪夢のようなどぎつい怪作 

 3冊目はどぎつい悪夢のような作品を。竹本健治選『変格ミステリ傑作選 戦後篇1 1945−1975』(行舟文庫)は、このところ注目を集める〈変格ミステリ〉の代表作を集めたアンソロジーの戦後編第1弾。大坪砂男から中井英夫まで10名の作品を収めるが、中でも選者が「変格ミステリ作家といえばまずこの人」と推すのが、海外を舞台にした秘境・幻想小説で知られる橘外男だ。

 外男の収録作「陰獣トリステサ」は妻を射殺したスペイン人の銀行頭取が、自らの罪を告白するという物語。驕慢で美しい妻ドローレスと、彼女が可愛がる犬のトリステサの関係とは? あの澁澤龍彦が〈人獣交合の描写〉を賞賛した怪作中の怪作ミステリ。動物好きにおすすめできるかといえば正直微妙だが、憑かれたような文体で描写される異様な愛欲世界は、一度味わってほしい。

 同書には他にも、戸川昌子のエロティックな犯罪小説「塩の羊」など10編を収録。変格ミステリ作家クラブ会員がそれぞれの偏愛作品を語ったアンケート結果も読みどころ。戦後編第2弾の刊行も予定されているというから楽しみだ。

 動物とは、人間にとってもっとも身近な「人ならざるもの」である。人知が及ばない存在であるという点においては、神やもののけと同じ。動物を扱った作品がホラーやファンタジーに接近するのも、考えてみれば当然のことかもしれない。