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「満洲国グランドホテル」書評 傀儡国家を彩る人々の実態描く

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月25日
満洲国グランドホテル 著者:平山 周吉 出版社:芸術新聞社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784875866398
発売⽇: 2022/04/22
サイズ: 20cm/565p

「満洲国グランドホテル」 [著]平山周吉

 本書には二つの特徴がある。ひとつは旧満州国関連書を総動員して書かれていること。もうひとつは建国と崩壊という大事な時期が書かれていないことだ。
 旧満州国は1932(昭和7)年から45(同20)年までの13年間、存続した傀儡(かいらい)国家である。この国家がひとまず安定期に入った時期に登場した軍人、官僚、財界人、新聞記者、文学者らを語り、その意識や生活実態を解剖していく。
 全体は36話(36人)からなる。例えば文官の古海(ふるみ)忠之らを語るときは、多様な人物の証言をとり入れて複雑な心境が解明される。古海は戦後、中国で戦犯裁判を受けるのだが、そこでの「認罪」をめぐる著者の解釈からは、歴史を自省的にみる立場とは距離をとっていることがわかる。ロシア文学者の内村剛介を論じる中にもその視点が見える。
 その理解には距離をおくにしても、この人造国家に人生のある時期を懸けた人たちには共通の思いがある。この地に夢と理想を、との意思である。それがどう挫折するか、いかに主体的善意が空回りするかが浮かんでくる。旧満州国での話(とくに阿片〈アヘン〉)、「五族協和」の偽りなど)について戦後は大体の人が口をつぐむ。それが逆に、人造国家の裏側を浮き彫りにする。
 「憲兵」という語は、当時も嫌われていた。関東軍の英語通訳に雇われた直木賞作家の榛葉英治(しんば・えいじ)は、大連の憲兵隊に配属された。通訳なのに、憲兵だったとの噂(うわさ)は一生ついて回った。憲兵隊の描写や榛葉の退職の意志について、著者の表現は実態をよく示している。
 本書では、満州に赴いた民間人の証言や視点が真っ当だ、と描かれている。ある歯科医が漏らしたという「勲章を欲しがる軍人」により戦禍は北支に拡大したとの実感は、まさに「正鵠(せいこく)を射た軍人批判」と称(たた)えている。だが旧満州国運営に関わった官僚、軍人らの人物論は、傀儡国家批判抜きには語れない。それが本書が逆説的に教える教訓だ。
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ひらやま・しゅうきち 1952年生まれ。雑文家。著書に『昭和天皇「よもの海」の謎』『江藤淳は甦(よみが)える』など。