エモさを追求した、誰でもない誰かの物語
――本作は、蒼井さん2年ぶりの新著ですね。ある男女のカップルが付き合い始めてからの1年間の日々を、彼氏の視点から日記のような形で描いています。
カップルの日常、日々の点描を描きたいというのは、担当編集さんから企画の段階でお話をいただいていて、僕も日々の発信やこれまでの著書の中で、小さな幸せや面白さを描いてきたので、好きなテーマだし、とてもシンパシーを感じました。
話し合いの中で、担当編集さんとも共通認識としてあったのが、誰でもない誰かの話にしたいということ。いまどきの20代前半の男女という設定で、内面やファッションの傾向など細かいところまでキャラクターを作り込んでいきました。
――アニメーターの新井さんとのコラボはどのように実現したんですか。
今回は、これまでの著書とは違った形で、エモさというものを追求していきたいという前提がありました。それでイラストと組み合わせた形にしようということになって、絵でもエモーショナルな感情を高めてくれるような描き手の方を探していたんです。そこで新井さんのお名前が出てきて。
新井さんがキャラクターデザインなどを手がけた「ペンギンハイウェイ」などのアニメ作品は存じ上げていたんですけど、静止画、イラストとしての作品を見たのはこの時が初めてでした。見た瞬間に「素晴らしい」と。自分の文章と新井さんのイラストが組み合わさったらどうなるのか想像してみて、わくわくしたことをよく覚えています。
担当編集さんと考えた設定を新井さんとも共有して、三者会議を重ねて主人公2人が生まれました。彼氏の「湯乃渚(ゆの・なぎさ)」と彼女の「名草(なぐさ)かえ」という名前は、新井さんが付けてくださって、すごくいい名前で僕もめちゃくちゃ気に入っています。
――60編のエピソードから成る物語はどう組み立ていったんでしょうか。
恋愛って楽しいばかりじゃなくて、好き同士なのにケンカしたり上手くいかなかったりすることもありますよね。いいこともあれば、そうじゃないこともある。付き合って1カ月なら楽しいことの方が多いでしょうけど、1年となれば喜怒哀楽が絶対にぐるぐるしていきますよね。
突拍子もないことや世界を揺るがすような大事件なんかはもちろん起こったりはしないんですけど、彼氏と彼女、好きな人同士の間では些細なことでもけっこう大きな事件だったりします。でも、まわりから見たら、そういうのって分からない。そんな2人にしか分からないような、2人の世界を丁寧に描いていきました。
――蒼井さんの体験もやっぱり反映されていたり?
今作のような普遍的な恋愛作品は想像や妄想が入ってくるとしらけちゃうので、リアリティが大事だと思うんです。だから、自分の過去の恋愛経験を大いに生かしながら。いろんな人と出会って、いろんな恋愛をしてきて本当によかったなと。なんて言うと、“恋愛いきり”しているみたいなんですけど(笑)、特別な恋愛をしてきたわけではなくて、好きな人と付き合ったことがある人なら誰でも感じたことがあるようなことを綴っていったつもりです。
恋愛の喜怒哀楽をリアルに丁寧に
――まさに「誰でもない誰かの話」なんですね。恋愛の悲喜こもごも、カップルが経験するひと通りのことがリアルに丁寧に描かれていて、読んでいると自分ごとに重ねてしまう部分もあります。付き合いが長くなると忘れてしまいがちな、恋する気持ちを思い出しました。
カップルの1年を描いているというのもあって、担当編集さんとの打ち合わせの中で、1年記念に読む本にできたらという話をしていました。お付き合いから1年、一緒に暮らしてから1年、結婚してから1年。1年経つとちょうど季節も1周して、感情もひと通り1周して、その時に改めて考えることってあると思うんです。そういう節目って、2人のお付き合いが始まった頃の話とか、昔話をきっとしますよね。「あの頃はよかったね」みたいな、ちょっと切ない話になっちゃうかもしれないんですけど、いまの良さがあるからそうやって振り返れると思うんです。付き合い始めの頃は楽しさしかなくて、この世の春みたいな感じですけど、その感じには戻れなくても、目の前にいる人が好きな人というのは間違いなくて、これからも2人の関係は続いていく。改めて好きな相手のこと、2人のことを前向きに考えられるような作品になればいいなという思いがあります。
特別な日に過去を振り返りつつ、未来の話もする時に、2人がこれからもっと仲良くやっていけるためのお守りのようなものになってほしいですね。願わくは、ずっと本棚に差していただいて、定期的に取り出して読み返してもらえたらなと思います。
――新井さんとの共作はどのように進められたんですか。
基本的には僕が書いた文章に沿って新井さんに描いていただくやり方です。ただ、せっかくの共著、合作という形なので、新井さんの世界観も大事に描いていただきました。だから、ただの添い絵にはなってなくて、そこは面白かったですね。どういうイラストがあがってくるのか、毎回楽しみでした。
――蒼井さんの中で、お気に入りや印象に残っているイラストは?
全部いいんですけど、付き合って間もない渚とかえが一つのベッドで朝を迎えるエピソードのイラストが大好きです。
眠っているかえが可愛すぎるのと、寝起きでボーッとしながらも、かえをしっかり見つめている渚。このシーン、僕がやりたいぐらい大好きですね。カップルが親密になっていく中で、好きな人の、初めて見る顔をずっと見つめる。この感じがいいですよね。
――付き合う前の関係では、寝顔ってなかなか間近で見る機会ないですもんね。
付き合ってみてはじめて分かること、見ること、知ることって、思っているよりもけっこういっぱいありますよね。そういうものの何か象徴的なシーンだなと思います。
あとはやっぱり装画が好きですね。制作の終盤に装画があがってきた時に、「ああ、もう終わりが見えてきた」って思ったんですよね。今回、企画から2年かけて1冊の本を作ったんですけど、その2年間、毎日頭の中にあった作品なので、グッとくるものがありました。この装画を見る度に泣きそうになります。
――「こんな日のきみには花が似合う」というタイトルにはどんな思いが込められているんでしょうか。
今回の本は「花」がキーワードになっているんです。好きな人の喜ぶ顔が見たくて花を贈っているうちに、僕自身が花好きになったというのもあって、「花」は物語に度々登場します。2人が付き合い始めたのも8月7日の「花の日」だったり。
このタイトルは、彼女に対して「きみには花が似合う」という言葉どおりの意味だけではなくて、「花」をポジティブなものとして捉えて、楽しい時、悲しい時、恋愛における喜怒哀楽があるどんな日でも、僕たち、私たちの心に「花」がありますように、という思いも込めています。一つひとつの言葉は平凡なんですけど、この組み合わせにすると特別感が出ていいタイトルになったんじゃないかなと思っています。
自分に対して誠実に言葉を綴りたい
――SNSを見ても本作を読んでも、蒼井さんの言葉って等身大でまっすぐでポジティブです。言葉にする際に心がけていることなどはあるんでしょうか。
SNSでの発信や書籍は人に読ませるものでもあるんですけど、同時に自分にも読ませるものだと思っています。もし嘘を綴っていたら、後で読んで自分が恥ずかしくなる。だから自分に対して誠実であることを大事にしています。特にSNSでは、少し先の未来の自分が読み返した時にためになるような、役に立つものにしようと心がけています。自分が過去に書いたことに救われたことが何度もあったんですよね。自分のための記録、自分を助けるものという意識が強いです。
例えば、元気な時に元気でいられる要素を理由も含めて書き留めておくと、ネガティブな気持ちになった時にそれを参考に立ち直って元気になれる。恋愛で落ち込んだ時も、未来の自分の助けになるように、どうやって立ち直っていったか、記録を残しておくんです。僕は記録に残すということに魅力を感じていて、とにかくメモ魔なんですよ。
――メモの力、偉大ですね。蒼井さんの言葉選びや独特な表現を見るに、読書好きに違いないと思っているのですが、普段の本との付き合い方について教えてください。
最近は忙しさにかまけて月に1冊読めるか読めないかという、ゆっくりな感じですけど、読書は好きですね。本、特に小説って、ゆっくり一つの世界にいられるものだと思うんです。1カ月なり時間をかけてゆっくり本を読んでいく時の、その世界の住人になったかのような、自分が作品世界の中にいる感覚。これって、本以外のものではなかなか体験できないことでもあり、読書の面白さの一つかなと思っています。
自著でも恋愛にまつわるお話を書くことが多いので、恋愛要素のあるものは特に好きです。自分の中で引きずるぐらいよかったのが、三浦しをんさんの『きみはポラリス』と『天国旅行』。どちらも短編集なんですけど、最初の1、2編を読んで間違いなく面白いと思って、ゆっくり読んでいきました。少しでもその本の世界に長くいることで、その世界を自分のものにしたいっていう、読者としてのエゴがあるんですよね。
――書き手としてのエゴはどうでしょう? 今後、どんな作品を書いてみたいですか。
小説を書いてみたいとは思っています。具体的な題材までは正直思いついてないですけど、同じ恋愛を題材にするにしても、爽やかな恋とかじゃなくて、ドロドロの恋愛とか。どんな作品になるのか想像がつかないという意味では、興味を持ってもらえるかもしれないなと思って。そのためには、僕がまずドロドロの恋愛を経験してみないとですね(笑)。