まさか自分がミリタリー雑誌を手に取る日が来ようとは、思いもよらなかった。「軍事研究」を手に取ったのは表紙にウクライナの文字があったからだ。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、私のようなこれまで戦争や紛争に関心を向けていなかった人間にも大きなインパクトを与えた。編集後記によれば、4~6月号と完売が続いているようだ。みんな今回の侵攻が気になっているのだろう。
最新号を開いてみるとやはりウクライナ関連の見出しが多い。同じようなフォーマットのモノクロページに〈ウクライナ軍善戦の理由を探る〉〈ロシア侵攻軍撃滅のメカニズム〉〈ロシアの化学攻撃でどうなる〉といった記事が並ぶ。戦車や軍艦、ミサイルなどの名前や軍事的な専門用語が多数出てくるが、私のような門外漢でも言っていることはよくわかった。どの記事も筆致は冷静で、扇情的だったり一定の思想を押し付けようとしたりもせず、客観的な分析がなされている印象だ。
ウクライナ以外では、〈北朝鮮最大のICBM「火星砲17」〉〈「インド太平洋戦略」は島嶼(とうしょ)を守れるか!?〉などアジアの軍事問題を扱った記事が次に多く、日本の置かれた現状を思えば納得がいく。なかでも〈間違いだらけの『台湾有事論』〉は意外な分析に唸(うな)らされた。
本誌に書かれた分析が正しいのかどうか、正直私には判断できない。だが、誰かがこうして軍事問題に関して考え続けているという事実に少し安心する。
当たり前だが、研究には客観的な態度が重要であり、愛国心が信仰のようになって視野を狭めてしまうと太平洋戦争時の日本軍のように作戦は失敗するだろうし、また戦争はよくないと言うばかりでそれについて考えるのを放棄してしまうのも危険である。その意味で、敢(あ)えて右でも左でもないバランスのとれた視座を保つことが大切なのだろう。「軍事研究」は政治信条を脇に置いて、科学的で合理的な立ち位置を保とうとしているところに好感が持てた。
本誌では、そのほかアメリカの軍事予算の内訳や、米海軍の展示会のリポート、さらに途中差し挟まれるカラーページには米軍の空母や戦闘機の写真と細かいデータが載っていたりする。そのへんは素人にはもうついていけない。専門家やマニア向けだろう。昨今は空飛ぶドローンだけでなく無人の帆船型水上艇なんてものもあるらしくて驚いた。攻撃用ではなく気象データを集めたりするそうだ。
ウクライナのニュースを見ていると、最近の兵器の無慈悲さに戦慄(せんりつ)する。核兵器はもちろんのこと、殺人ドローンや本誌にも出てくる化学兵器など、とっくに生身の人間の手には負えなくなっているわけで、戦争はもう全部仮想空間かどこかでやってもらえないものかと思うのだった。=朝日新聞2022年7月2日掲載