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浅倉秋成さん、逃亡サスペンス「俺ではない炎上」インタビュー 「伏線の狙撃手」たくらみ積み重ね

浅倉秋成さん

 物語の主人公は大手住宅メーカーの部長を務める泰介。ある日突然、自分の名が「女子大生殺害犯」としてネットで炎上していることを知る。犯行を自慢するようなツイッターが原因らしいが、アカウントを作った覚えはない。巧妙な成りすましに、会社も家族も無実を信じてくれず、泰介の孤独な逃亡劇が始まる。

コロナ禍「作中人物くらい縦横無尽に走らせようと」

 就活生たちのヒリヒリする心理戦を描いた『六人~』をはじめ、浅倉さんはこれまで青春期の若者たちの姿を物語にしてきた。年上の人物を主人公に据えたのは今作が初めてだ。

 「読者の幅を広げたくて、現代に生きる誰もが当事者になりそうなネット炎上をテーマにしました。コロナでずっと家にいなきゃいけなかったので、作中人物くらいは縦横無尽に外を走り回らせてみようと」

 泰介は警察だけではなく、ネット民からも追い詰められていく。まとめサイトにより勤務先や自宅などの個人情報をさらされ、ツイッターの情報を元に死体を見つけたユーチューバーたちが「犯人狩り」に乗り出す。物語の節目節目に挟まれるネット民のツイート群が今どきの炎上をリアルに再現する。

ありそうなツイート群 考える楽しみ

 「自分じゃない誰かになれるのが小説を書く喜びなので、こんなツイートありそうだな~と考えていくのは楽しかった。ただ、世の中のツイートってすごく類型的ですよね。こんな角度からの意見があるんだ、という驚きはなかなかない」

 そんなツイートを泰介は機会を見ては「エゴサーチ」する。社会的な地位も平穏な家庭もあり、それなりに充実していたはずの男の人生は憎悪とともにゆがめられる。そのゆがみは見知らぬ人ばかりではない。知り合いのなかにも、泰介の思うセルフイメージとは異なる印象を抱いている人がいることがあらわになっていく。いったい誰を信用すればいいのか……。

 逃亡サスペンスとしても読み応えのある今作だが、その先に「二度読み必至」の真相が待ち受けているのが「伏線の狙撃手」の面目躍如。とはいえ本人は、伏線を仕込もうとは意識していないという。

 「たとえば、銃で胸を撃たれたけれども実はポケットにジッポーが入っていて命が助かる場面を書くとします。ジッポーはいつどうして手に入ったのか。興ざめにならないよう自然に組み込まなければならない。いわば読者に対しての優れた言い訳が伏線と呼ばれるものになる。ミステリーに限らず、優れたエンタメ作品って、そうした細かい作業の積み重ねから生まれると思って書いています」(野波健祐)=朝日新聞2022年7月13日掲載