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前田エマさん「動物になる日」インタビュー 創作は自分さらけ出せる

前田エマさん

 モデルとして活躍する今も、飲食店でアルバイトを続けている。はじめて出した小説集の収録作の一つ「うどん」は、うどん屋で働く女性が主人公。自身が飲食店員をしながら目にしてきた風景を書いた。モデルの仕事は、多くの人に名前を知ってもらうことが重要とされる。「でも本当は名前なんてなくていい。飲食店のアルバイトは、私がただの一人の人間として立てているか、問われている気がするんです」。主人公は、店にあふれる音に耳を澄ます。湯切りの音が聞こえたら、うどんを運べるよう待機する。箸が落ちる音がしたら、新しいものを持って席へ急ぐ。おぼんの上にその人があらわれる。「働く姿はささやかで美しい。それを書きたかった」

 「うどん」の主人公の子供時代を描いた表題作では、匂いの描写が印象的だ。父の匂いが好きな少女は、塾帰りの混んだ電車でおじさんたちの匂いを嗅いで調べる。大きく三つに分類できた。どうでもいい匂い。どうしようもない匂い。父の匂いに当てはまるのは〈清潔感はあるけれど美しいとは言えない匂い。それは汗や唾液(だえき)などの体液と、皮脂などの油分が混じり合い、練りあげられ、皮膚に塗り込まれたようなものだった〉。大学で美術を学んでいたとき、デッサンがうまく描けなかった。「でも、言葉でなら描写できる、つかめるような感覚がありました」

 以前エッセーの依頼を受けたとき、いくら書き進めても本当に伝えたいものから遠ざかっていくような感覚があった。「反対に創作は、本当のことに手が届くような気がするんです」。登場人物に言葉をのせることで、そのままの自分をさらけ出せる。暴れられる。「割り切れない気持ちを書ける最後に残された場所が、小説だと思います」(文・田中瞳子 写真・菊池康全)=朝日新聞2022年7月23日掲載