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「逃げるが勝ち」書評 ほんとはダメなのにおもしろい

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2022年07月30日
逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白 (小学館新書) 著者:高橋 ユキ 出版社:小学館 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784098254255
発売⽇: 2022/06/01
サイズ: 18cm/214p

「逃げるが勝ち」 [著]高橋ユキ

 それにしてもいろんな脱走犯がいるものだ。開放的処遇施設と呼ばれる塀のない刑務所から逃げ出した男、全国一周中の自転車乗りという設定で警察の目を欺いた男、漫画『ゴールデンカムイ』に登場する白石由竹のモデルである「昭和の脱獄王」こと白鳥由栄(よしえ)や、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長も出てくる。
 脱走の成功には、知力や体力はもちろん、時の運も必要だ。尾道水道を泳いで渡った男など、普通なら潮の流れにやられて死んでいたはずだが、奇跡的に泳ぎ切ることができたため、近隣住民から好かれてしまっている。「元気にしとるんかしら」「出てきたらご飯でも食べさせてあげるのに、って皆で話してました」……まるで甥(おい)っ子について語るようなテンションである。
 罪を犯している者がさらに脱走を企てたわけなので、本来ならば怒ったり恐怖を感じたりしなくてはならないところだが、人間の心理はそう単純ではない。あまりに巧みでユニークな脱走ぶりを見せられてしまうと、「すごい」とか「おもしろい」と思わずにはいられない。その点について、著者はこう書いている。
 「事件や犯罪、またはそれをテーマにした書籍に対する興味や関心だけが、何かおおっぴらに説明できるような理由を持っていなければならず、単純なものであってはならないと考えられているような空気が今の時代にはある。そこに居心地の悪さを感じる」
 ほんとはダメなのに、惹(ひ)かれずにはいられない。本音と建前の間で引き裂かれながら読むのが、本書の正しい味わい方なのかも。
 本書を読んで知ったが、なんと日本では保釈後の逃走に罰則がない(!)。抑止力としての保釈保証金はあるものの、当然ゴーン元会長のような大金持ちには効果がない。保釈を推進することで犯罪者の人権を保障しつつ、逃げ勝ちさせない仕組みを作る必要がありそう。おもしろいだけでなく、とても勉強になった。
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たかはし・ゆき 1974年生まれ。フリーライター。著書に『つけびの村』『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』など。