モデルは祖母、悪態の応酬「迷いなく書けた」
「あくてえばっかつきやがって」「きかねえからだろうが」。90歳の「ばばあ」と、小説家志望の19歳の主人公。祖母と孫による遠慮のない悪態の応酬に、お人よしの母がおろおろと割って入る。祖母の病の進行とともに家族3人の生活は少しずつゆがんでゆく。
山下さん自身、病を得て老いてゆく祖母と介護する母を見てきた。祖母が倒れたときの音が忘れられないという。「衝撃的で、恐怖だった。小説で書こうとは思っていなかったのですが、いつか整理したかった。数年たってもあのときの音やにおいはくっきりと浮かび上がってきました」。祖母の入院時に症状などを母が記録していた手帳を見せてもらったことが創作の下敷きになったという。
小学4年の自由研究で絵本を作り、創作の楽しさを知ったという山下さん。高校時代から新人賞に投稿を始め、『ドール』が文芸賞を受けて21歳で作家デビュー。このラブドールに恋する少年や、前作『エラー』での大食いクイーンなど、これまでは自身から遠い存在を主人公にしていた。今作で祖母について書き始めたとき、それは同時に自分自身を書くことだと気づいたという。「どの場面を書くか、どの言葉を選ぶか、一切迷いがなかった。ここまで迷いなく書けたのは、初めてでした」
父と母は設定を大きく変えた。しかし祖母については、米粒を糊(のり)の代わりに使う、2枚組みのティッシュを1枚ずつにして詰め直すといった、数々の所業にも実話が多いそうだ。悪態をつかずにいられないが、ついた分だけ落ち込んでしまう主人公も作者そのまま。
「自分が思うリアルを突き詰めました。憎たらしくても、どこかに愛情がある。でもやっぱりむかつく」。そんな矛盾を包摂しているからこそ、この家族は温かく、残酷なまでに生々しいのだ。(中村真理子)=朝日新聞2022年8月17日掲載