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三木那由他「言葉の展望台」 日常のレジスタンスに効く哲学

 哲学は、文字どおり実学だと感じる一冊だ。三木那由他(なゆた)著『言葉の展望台』は、気鋭の言語哲学者が日々の会話で生じた小さな疑問や、メディア上での言葉の使われ方に対する違和感に立ち止まり、自身の専門分野の知識を応用していくエッセー集。日常のレジスタンスに有効な知見に満ちている。

 言葉によるコミュニケーションは、人と人が理解し合い、愛や友情を紡ぐために必要不可欠なもの。だが、アンフェアで不均衡な社会構造がそこに介在するとき、支配や侮蔑の舞台ともなりえる。

 例えば、コミュニケーション的暴力の典型だと著者が考えるのが「意味の占有」だ。上司と部下、男と女、多数派と性的マイノリティーといった、会話外の社会的力学における強者が、弱者の発言の意味を独り占めし、一方的に決めつけてしまうような状況だ。著者は、「女が、外国籍の者が、非異性愛者が、トランスジェンダーが、そうでない者たちの一部から『不合理なことを言っている』と責め立てられるとき、こうした意味の占有が背後にありはしないだろうか」と問いかける。

 研究者としてではなく、著者自身が生身の人として語りかけてくる「哲学と私のあいだで」の章にも胸を打たれた。(板垣麻衣子)=朝日新聞2022年8月20日掲載