- はぐれ鴉
- やっと訪れた春に
- 揺籃の都 平家物語推理抄
フーダニット(犯人探し)という言葉はミステリー好きのあいだでは既に定着済みと思うが、それよりややマイナーな言葉にホワイダニットというのがある。事件を起こした動機は何かという謎が主眼となっている場合を指す。歴史ミステリー・時代ミステリーは、このホワイダニットと相性がいい。現代人の想像力の死角に入りやすい、ある時代特有の特殊な価値観が、事件の背後に秘められていることが多いからだ。
赤神諒(りょう)『はぐれ鴉(がらす)』は、江戸時代前期の豊後国竹田藩を舞台としている。重臣の山田嗣之助(つぎのすけ)の屋敷で、当主以下使用人に至るまで二十四人が鏖殺(おうさつ)されるという惨劇が起きた。ただひとり逃げ延びた嗣之助の次男・次郎丸は、下手人であり父の義弟でもある玉田巧佐衛門を討つべく、江戸で剣の腕を磨き、山川才次郎と名を改め剣術指南役として竹田藩に戻る。だが巧佐衛門は、別人のように覇気のない人物に成り果てていた。
何故、巧佐衛門は義兄一家を殺さなければならなかったのか――という謎に、復仇(ふっきゅう)の志を胸に秘めた才次郎が少しずつ迫ってゆく物語である。真相は思いがけずスケールが大きなものであり(その手掛かりは早い段階から大胆に示されている)、それが明かされることで序章の印象が反転する構想に工夫が見られる。
青山文平『やっと訪れた春に』の舞台・橋倉藩では、本家と分家から交代で藩主を出す決まりになっており、藩士も本家派と分家派に割れていた。だが分家当主が今後は藩主相続を遠慮したいと申し出て、ようやく藩は一つにまとまろうとしていた。ところが、予期せぬ暗殺事件が起きる。
近習目付(きんじゅめつけ)の職を返上し隠居した長沢圭史が、探索の果てに行き着いた真相は、あまりにもやるせないものだった。フーダニットとしても読み応えのある作品だが、やはりこの作品で読者の胸に深く刻み込まれるのは暗殺の動機だろう。個人の力ではどうにもならない封建的な宿命に翻弄(ほんろう)される人々の哀(かな)しい姿が、ハードボイルド的な手練の筆致によって浮き彫りにされてゆく。
羽生飛鳥『揺籃(ようらん)の都 平家物語推理抄』は、江戸時代から遥(はる)かに遡(さかのぼ)って平安末期が舞台。平清盛の異母弟・頼盛が主人公を務める「平家物語推理抄」シリーズの第二作である。清盛が福原遷都を強行し、一門が動揺する中、清盛邸で怪事件が連続する。
頼盛は一門内の反主流派であり、清盛に睨(にら)まれればたちまち失脚してしまう立場だ。そんな頼盛が、彼を警戒する甥(おい)の知盛と推理を競う羽目に陥る。事件のトリッキーな謎解きもさることながら、自らの身を守るために推理するという頼盛の「探偵としての動機」も印象深い作品である。=朝日新聞2022年8月24日掲載