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大矢博子さん注目の時代小説3冊 生きる世界、異なるものの交差

  • 青柳碧人『乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―』(新潮社)
  • 藍銅ツバメ『馬鹿化かし』(集英社)
  • 木内昇『奇のくに風土記』(実業之日本社)

 日本探偵小説界の巨星・江戸川乱歩。「命のビザ」で知られる外交官の杉原千畝(ちうね)。同時代の偉人ではあるが分野が異なるため、この二人を並べるという発想はこれまでなかった。それをやってのけたのが青柳碧人(あいと)『乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―』である。

 この二人、ともに旧制愛知五中から早稲田大学に進んだ同窓生だ。時期は重なってはいないが、どこかですれ違っていても不思議ではない。著者はその出会いを創造した後、戦中・戦後のそれぞれの足跡を描き出した。

 乱歩のパートでは探偵小説の勃興が、千畝のパートでは国際社会の情勢が綴(つづ)られる。二人の人生はまったく異なるのに、それが並行して綴られることで、あるいは時々交差することで、どのような時代だったかと、政治と文化が不可分であることがくっきりと浮かび上がるのだ。終盤、それぞれの影響を受けた人々が羽ばたくくだりは胸が熱くなった。時代を描くのにこういう手があったかと唸(うな)った一冊である。

 藍銅(らんどう)ツバメ『馬鹿化かし』は、なんとも奇天烈(きてれつ)な幕末妖怪ファンタジーだ。主人公は罪人の斬首を生業にしている山田朝右衛門。ある日彼の前に、馬とも鹿とも見える頭部を持つ男が引き出された。どうやら朝右衛門以外には普通の人間に見えているらしい。

 その場を逃げ出した半獣半人は再び朝右衛門の前に姿を現し、自分は三百年前の忍(しのび)・服部半蔵であり、ある事情で不老不死になっていると告げた――。

 めっぽう明るい獣面の忍と死神に取り憑(つ)かれた処刑人、温度差がありすぎるバディがさまざまな怪異に立ち向かう連作だ。吉田松陰や土方歳三ら幕末の有名人はもちろん、安倍晴明の子孫なんてのも出てきて実に賑(にぎ)やか。だがその中で朝右衛門の静謐(せいひつ)さが生きることの意味を読者に問いかける。

 木内昇(のぼり)『奇のくに風土記』は、江戸後期の本草学者・畔田翠山(くろだすいざん)の半生を描いたもの。南方熊楠や牧野富太郎などと比べれば知名度は低いが、熊楠も影響を受けた紀州本草学を完成させた大家だ。

 著者は史料の少なさを逆手にとって、若き日の翠山が植物を通して人ならぬ者たちと触れ合っていたという幻想譚(たん)に仕上げた。天狗(てんぐ)に始まり、蜜柑(みかん)の精や呪いめいた黒百合、蔦(つた)を伝って降りてくるあの世の人などなど。

 それらは草という「種の異なるもの」を理解しようと努める思いのメタファーだ。物言わぬ他者を知りたい、わかりたいという思いが翠山を動かす。それはそのまま自分や身の回りの人々を知ることにもつながっていくのである。

 何より、紀州の自然の美しい描写に感じ入った。自然への敬意をあらためて呼び起こしてくれる、「美(う)っつい」物語である。=朝日新聞2025年6月25日掲載