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なかのいとさん「6570日後 きみは旅立つ」インタビュー 「お母さん」でいられる、かけがえのない日々

コミックエッセイ講座でデビュー

――今作『6570日後 きみは旅立つ』がデビュー作だそうですね。そのきっかけは?

 もともと、絵を描くのも漫画も大好きで、出産後、育児絵日記をインスタグラムにアップしていたんです。そこから、イラストや漫画のお仕事を細々と頂くようになって。もう少し力をつけたいと、「コミックエッセイ描き方講座」に参加しました。そのとき講師の編集者・松田紀子さんから、「自分の子どもの頃と、今の子育てと重なる部分を描いてみては」とアドバイスいただき、描き上げたのがこの本のプロローグです。そこから出版のお話を頂き、こうして一冊の本になって本当に嬉しいです。

『6570日後 きみは旅立つ』(オーバーラップ)より

――子どもたちの何気ないしぐさや、母の心の揺れが伝わる淡い色あいのイラストがとってもすてきです。絵はずっと描かれてきたんですか?

 小さい頃から絵を描くのが好きで、美大で日本画を専攻していました。といっても、日本画は準備が面倒で、在学中も水彩画ばかり描いていたので、胸を張っては言えません(笑)。卒業後は、出版社で似顔絵を描く仕事や、フリーで結婚式のウェルカムボードを描く仕事をしたりして、絵にはずっと携わってきました。

子育てってお祈りみたい

――子どもが18歳になるまでの6570日しか「お母さん」でいられないんだ、なんてかけがえのない日々だろう、というプロローグを読んでハッとしました。他にも、「子育てってお祈りみたい」など、育児を俯瞰した視点が光ります。

 日記を書くのが好きで、子どもを寝かしつけた後、思いつくまま出来事や感じたことを書いています。毎日ではなく、書きたいと思ったときにだけ。そして、そのメモを眺めながら、なんで私はこれをわざわざ書いたのかな、とぼやーっと考えたりするんです。そこで浮かんだあれこれも、いくつかこの本に描きました。だから俯瞰的と感じられるのかもしれませんね。

 「子はいつか巣立つもの」という意識は、子どもを産む前からありました。そもそも、人間が未熟な私なんかに「育てる」なんて大それたことはできない。本にも描きましたが、子どもの行く道が、少しでも安らかであるように祈って、洗濯物の効率いい干し方をしてみせる――そんな遠回しなことしかできないと思っています。

『6570日後 きみは旅立つ』(オーバーラップ)より

 じつはこの本は、やがて旅立つ子どもたちへの手紙のようなつもりで描きました。私はあんまり自己開示とか、自分の気持ちを伝えるというのが得意ではないので、子どもたちには伝えるべきなのに伝わってない部分がきっとあると思って。あの頃、母はこんなことを感じながら君たちと過ごしていたんだよって、だめな私も拙い私もそのまま描こうと思いました。もしかしたら、育児に向き合ったこの日々自体が、親が持たせてやれるものなのかもしれません。

――幼いころから学習塾に通わせられるなど、当時、自分の親にされて嫌だったことも描かれていますね。でも、「あれも愛情だったんだ」と恨み節で終わっていないところが素敵でした。ご両親にはどんな思いをもっていますか。

 うちの家は自営業だったのですが、私が20代のとき、会社が倒産し、一時期、両親が行方不明になるなど、結構めちゃめちゃな時期があって。両親が生きているのか死んでいるのかも分からない状況で、親戚や役所や色々なところから、諸々手続きやお叱りの電話がかかってきて、自分の誕生日に泣きながらその対応をして、両親が完璧ではない無力な人間だということを思い知りました。

 そこが腹に落ちると、今まで納得いかなかったことも、やらないんじゃなくて、できなかったんだなと、愛情を疑うことはしなくて済みました。いまだに整理できない感情もあるのですが、「愛されていた」という実感があるのは、大きいなと思います。

 当時、学習塾に通わせられていたのも、親にしてみれば、私が夢を持った時のための準備のつもりだったんですよね。その証拠に、塾そっちのけで漫画を描いている私に、美大を勧めてくれたのは両親だったんです。そんな両親の愛情に対して、感じてきた思いがあって、今の自分の育児があります。私は今、両親とは違う形で、子どもの未来を応援していますが、それは親を反面教師にしているわけではなくて、育児はもともと、親から子へ紡がれながら形を変えていくものなんだと思います。

『6570日後 きみは旅立つ』(オーバーラップ)より

怖いと思っていたママ友

――この本には、ママ友もたびたび登場します。ママ友ができたことで、第一子の時より第二子の子育てに余裕ができたり、新しく輪に入ってきたママ友に思わずマウントを取ってしまったり……。なかのさんにとって、ママ友とはどんな存在ですか。

 私は元々、「ママ友いらないや」って思っていたんです。「怖い」とか「めんどくさい」とか先入観があって。でも幼稚園のバス停が一緒のお母さんがいて、その人がすごく話しやすい、気持ちのいい人だったんです。第二子の出産後、第一子のときより心穏やかに過ごせていて、なんでかなと思ったら、ママ友がいるかいないかの違いだったんですよね。出産の辛さとか育児の大変さを、前置きなしで共感しあえる人がいるって大事。私みたいに先入観で心のシャッターをおろしている人もいると思うので、「あ、この人は合いそう」と思ったら、ちょっとシャッター開けてみてもいいかもしれません。

――優しいけれど口下手なパパも魅力的な登場人物。二人目を作るか作らないか話し合うエピソードがありましたが、そういう重要な議題のときは、どうやりとりしていますか。

 どうしても譲れないことってありますよね。そういうときは、基本的に私が口火を切って、というか喧嘩をふっかけて(笑)、するとパパは黙っちゃうタイプなので、何時間もにらみ合うことになって。それでも結論が出ずにお互い持ち帰りにして、数日経ってからパパが何か思うところをぽつりと言って、やっと決着ってことが多いです。その「ぽつり」のおかげで、今までやってこられたのだと思います。

ちいさな希望を拾い集めて

――コロナ禍での育児も描かれていますが、どんな思いがありましたか。

 下の子はもうすぐ2歳ですが、生まれてから一度もうちの親に会ったことがないんです。今、親は海外にいるので、入国制限で来れなくて。ママ友と遊ぶ約束を取り付けるのもお互い気を使ったり、ちょっと気を抜くと、気持ちが塞ぐような材料があちこちに転がっていますよね。それでも私は、この世界は美しく優しいものだと信じています。子どもを授かったとき、私がそれを疑うことはもう許されないぞと腹を括りました。だから、私はこれからも、ちいさな希望を拾うような作品を作っていきたいです。

『6570日後 きみは旅立つ』(オーバーラップ)より