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たむらしげるさんの絵本「ありとすいか」 細部にまでアイデアを詰め込んだデビュー作

『ありとすいか』(ポプラ社)より

まもなく出版50周年、改変で進化

――1976年の初版以来、半世紀近くにわたり子どもたちに愛され続け、来年で出版50周年を迎える絵本『ありとすいか』。作者、たむらしげるさんのデビュー作でもある本作は、2002年にポプラ社より復刊され、2025年3月現在で「34刷」を数えるロングセラーとなっている。小さなアリたちが、大きなスイカを協力してけなげに運んでいく姿や、ユーモラスな展開が魅力だ。

 福音館書店で初版を出した当時は、本当に新人だったものですからわからないことが多くて、この作品の制作を通して絵本のいろはを教えてもらいました。出版してしばらくして、改めて振り返ると自分として不満な点がいくつか出てきまして、版元がリブロポートという出版社に変わったのを機に変更を加えていったのです。絵の大きさを大きくしたり、子どもが楽しめる遊びの要素を加えたり、版画のように分けて描いた絵を、特色で印刷することで鮮やかな色合いを出したりしました。

 例えば、ピクニックにやってきた家族がアリのために置いていったスイカを、アリが見つけて、巣に何とか運んでいく場面。初版では中面で、ピクニックする家族が大きく登場していたのですが、改変した作品では、扉のページにさりげなく家族を登場させ、そして次のページで去っていく姿を小さく描いています。また最後のページでアリたちが遊ぶ場所をスキー場からウォーターシュートに変えました。

 アリの脚の数は、初版ですと脚が4本、手が2本だったのですが、改変した作品では人間のような2本脚にしています。アリの動きをダイナミックに表現したかったのと、子どもたちが自身をアリに重ね合わせ、物語に参加してほしかったからです。その後、版元が倒産してしばらく出版されていなかったのですが、児童文学評論家の赤木かん子さんの紹介で、ポプラ社から「名作絵本復刊シリーズ」として再び出版されました。

『ありとすいか』(ポプラ社)

細部に遊び心をちりばめて

――印刷会社でデザイナーとして勤めている頃、仕事帰りに「街のビルとビルの間に大きなスイカがあったら面白いな」――そんな幻想を抱いたことが絵本が生まれるきっかけだった。

 絵を複数の出版社に持ち込んだところ、「絵だけでなくストーリーも持ってきてほしい」とアドバイスを受けて、ストーリーを考えていきました。大きくて赤いスイカは、とくに夏には子どもたちが喜びますし、本当に食べたくなるようなモチーフですよね。アリがスイカを運んだ先の巣の中の様子は、アイデアを精一杯詰め込みました。ビール瓶のふたやバラバラになったボタンなど、人間にとっては不要なものでも、アリにとっては宝物になる面白さがあると思います。細かい部分が、子どもたちに楽しんでもらえるのではないでしょうか。

『ありとすいか』(ポプラ社)より

――子どもはアリの小ささとスイカの大きさの対比に面白さを感じ、細かいところに疑問を投げかけてくるのだという。

 子どもは一つの場面で納得できないところがあった場合、それに誠実に答える展開でないと、興味が失せてしまうということはよくありますね。「なぜ、アリが長靴履いているの?」とか。長靴は見た目のファッションだけではなく、アリが穴を掘る際に脚が汚れないようにという意図もあります。また帽子をかぶったリーダーのアリは、全体を率いるリーダーであり、僕自身といってもいいのかもしれません。全部が同じだと、見るところが分散してしまうので、たくさんいる中で帽子をかぶったアリがいると、それを探す楽しみもあります。

『ありとすいか』(ポプラ社)より

 アリたちが食べ物に向かって「それ いけ!」という感じでバラバラに動き回る描写は実際の生態とは異なると思います。本来は目印に向かって列になるのではないでしょうか。このページは僕自身の遊び心であり、自由な雰囲気を表現したものです。

 アリの影は、夏の強烈な日差しを強調している意味と、絵として黒、緑、赤の対比の面白さを出しました。ウォーターシュートで遊んでいる場面は、黄色が出てくるのでもう夕方なのかもしれませんね。

――「そーら、したへ おろすよ」という言葉が綴られているページが一番のお気に入りだというたむらさん。スイカをアリの巣の中に降ろしている様子が描かれている。

『ありとすいか』(ポプラ社)より

 これが物語の原点となっている絵です。この絵から話を広げていきました。僕が小学校低学年のころに、たまたま5円でスイカを買えてスプーンで丸ごと食べたことがあり、そのうれしさは今でも覚えていますね。その時に「スイカが家にならないかな。窓やドアを付けて、その中でスイカを食べながら暮らせないかな」と思ったことがこの物語の発想につながっています。

 親子で一緒に絵本を読める期間は人生の中でもほんの短い間です。その間に絵本を存分に楽しんでもらいたい。成長の過程では、子どもも親も大変なことがあると思いますけど、本当に黄金の時代なのです。世の中には、悲しい絵本や、戦争や原爆などを描いたメッセージ性の強い絵本もあり、そういった作品が必要な場合もあります。でも本作のような親子で楽しめる絵本から「自分が親や周りから愛されていること」「世界は楽しくて美しいものだ」ということを子どもの時に感じてもらいたい、そう切実に願っています。