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高瀬隼子「おいしいごはんが食べられますように」 配慮の歪み、現代の空気映す

 人間って怖いな。高瀬隼子の小説を読むといつもそう思う。それと、イラつき。そんな浮気男なんて切り捨てればいいのに、義母の小言なんて無視すればいいのに、と読みながら心の中で叫ぶ。しかしそう思えるのは自分がこの異性愛中心主義的な社会と婚姻制度からあらかじめ排除される立ち位置にいる人間だからであり、世の中の多くの人にとって割り切るのはそう簡単ではないのかもしれない、とも考える。

 芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』は職場という閉じられた空間での人間関係を描く小説だ。早退や欠席が多いが、可愛くて思わず守ってあげたい病弱の女性社員・芦川。芦川が休むとその割(わり)を食うが、頑張ればできてしまうから我慢するしっかり者の女性社員・押尾。二人の同僚であり、食事が嫌いな若い男性社員・二谷。物語は三人の関係を巡って展開される。

 押尾は二谷に、自分は芦川が苦手だと打ち明け、一緒に意地悪しようと持ち掛ける。二谷は芦川と交際しているにもかかわらず、その提案を了承する。家にやってきては「おいしいごはん」を作る芦川の押しつけがましさを、二谷も疎ましく思っているのだ。疎ましく思っても付き合い続ける。付き合っているのに意地悪してしまう。そんな幾重にも屈折した暗い感情のひだが、解像度の高い内面描写によってくっきり浮かび上がる。人間の複雑さと難解さ、そして不気味さを突き付けられるのと同時に、「こんな人いるよね」と読者は奇妙にも納得する。

 芥川賞候補作の年森瑛(あきら)著『N/A』も本作と同様、弱者への配慮に満ちている。それは現代の空気を反映している。その上で二作とも「配慮の歪(ひず)み」を描いている。『N/A』は「カテゴリーに嵌(はま)まった紋切り型の配慮」に疑問を呈し、本書は「配慮されない者への皺(しわ)寄せ」に焦点を当てる。現代社会において適切な配慮と人間関係とは何か。この二作は私たちに問いかけている。=朝日新聞2022年9月10日掲載

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 講談社・1540円=9刷15万部。3月刊。第167回芥川賞受賞作。「読後誰かと話したくなるという感想が多い」と担当者。