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若竹千佐子さん「おらおらでひとりいぐも」が独文学賞 老いの生き方「思いが世界に伝わった」

若竹千佐子さん=2018年

 若竹千佐子さんの芥川賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』のドイツ語版が、同国の文学賞「リベラトゥール賞」に選ばれた。7日、翻訳者のユルゲン・シュタルフさん、出版した独カス・フェアラーク社のカティア・カッシング社長とともに記者会見に臨んだ若竹さんは「主人公の桃子と私の思いが世界に伝わった。常に心の中にいる桃子さんと乾杯したい」と語った。

 同賞は1987年の創設で、非欧米圏の女性作家の作品を対象にしている。受賞作は、70代でひとり暮らしの桃子さんが孤独のなかでパワフルに生きる姿を、東北弁を巧みに織り交ぜながら描いた。授賞理由にも主人公と文体の自由さが挙げられている。

 翻訳に際し、シュタルフさんは「方言を翻訳するのは冒険だった。適切な方言があればいいが、無ければいっそ省くことも考えた」と舞台裏を語った。まず標準語だけのドイツ語訳を作り、チェコとの国境に近い地域に少しユーモラスな方言を見つけ、方言部分のみ文献学者に訳してもらった。その結果「スープに塩を入れたように味が出た」という。

 「自分のアイデンティティーを作る際、言葉はどういう役割を果たすのか、そんな思いを抱く人はドイツにも多い。老いをどう生きるかというテーマと併せて世界のどこでも売れる小説」とカッシングさん。初版1500部は2週間ほどで完売し、同数を重版、さらに3千部を刷り増すという。

 2人の言葉を受け、若竹さんは「耳に話しかけられるような口承文芸を書きたいと思い続けてきて、今までの生活や経験を通してわかった哲学のようなものを桃子さんに仮託して小説にした。方言を丁寧に訳していただき本当に感謝している」と述べた。

 カス社は日本語が堪能な2人による日本文学中心の出版社。会見もすべて日本語で。あまり売れ行きについては考えず、2人が共に気に入り、文学的な価値があると判断した作品を年に数冊出してきた。過去に青山七恵『かけら』、いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』といった小説を手がけている。

「日本のアニメやマンガが大好きな若い世代のなかに、次は小説も読んでみようと思っている層があり、日本の現代文学の読者は確実にいる」とカッシングさん。もっと多くの作品を送り出したいが、ネックがある。「日本文学の専業翻訳家はドイツ語圏で6人しかいない。志望者は多いのですが、残念ながら文芸の翻訳家はお金持ちになれるような職業ではないのです」(野波健祐)=朝日新聞2022年9月14日掲載