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「高倉健 みんなが愛した最後の映画スター」 語らぬ俳優を周辺の証言から

『高倉健 みんなが愛した最後の映画スター』

 2014年11月、83歳で亡くなった俳優・高倉健を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏が責任編集となって関係者インタビューなどを網羅的に敢行。黙して語らずの俳優を、周辺人物たちの証言から立体的に捉えようとする試みで、証言や対談の蓄積から本質に迫っていく春日氏の「手法」の面白さと確かさを実感する。

 証言によっては、実際に話を盛る人や謙虚な表現を選んで語る人もいるだろう。インタビュアーの知識や力量によっても引き出されるエピソードは変わってくる。高倉健は、東映時代は「網走番外地」をはじめ俠客(きょうかく)物で人気を博し、東映を退社してからは「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」とキャリアを積んだ、いわば日本映画の光と影が激しく入れ替わる濁流にあった中心人物だ。存在自体が同時に映画史を見つめることになる。

 春日氏は『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』『天才 勝新太郎』など、単身京都に飛び込み老齢化した映画スタッフの貴重な証言を集める手法で、資料的価値も高く同時に読んで面白い書籍を次々と世に出してきた。その後も『役者は一日にしてならず』で俳優インタビューにも守備範囲を広げ、同時に『鬼才 五社英雄の生涯』など監督論も同様の手法で上梓(じょうし)、いまや40代にして並ぶ者がいない存在だ。俳優陣やスタッフ陣の信頼も厚い。その春日氏が得意の手法で、高倉健を扱った。はじめて聞く貴重なエピソードの宝庫だ。

 高倉健のもっとも信頼した監督である降旗康男をはじめ、助監督経験者からも現場での高倉健の人となりやアプローチを聞き出し、俳優陣でも石倉三郎、三田佳子、秋吉久美子、大竹しのぶなどが登場する豪華布陣。だが、「昭和残侠伝」シリーズなどで刺青絵師をつとめた毛利清二氏の証言などがあるのがさすが。「『気』って言葉を、健さんはものすごく言わはりました。『芝居は気』やと。立ち回りでもカラミから瞬間に殺気を感じたらね、『おい、毛利ちゃん、アイツに』って――五〇〇〇円ぐらいやったかな――カラミは日給が三〇〇円か四〇〇円。そこに五〇〇〇円ぐらい包んで」と、直接は言わないけれども人の仕事に目を光らせる人柄を語る。

 唯一の弟子といわれる青木卓司氏からは、どのスタッフも手を焼く寝起きが悪い高倉健を、「オヤジさん、オヤジさん」と肩を叩(たた)いて呼び掛けてから、寝返りを打ったところの背中をさする起こし方のコツまで聞き出している。俳優高倉健以上に、人間高倉健のストイックさと愛らしさ、独特のコミュニケーションに触れ、また出演作を観(み)たくなる。作品リストや春日氏によるイントロダクション、総括もありがたい。=朝日新聞2022年9月17日掲載

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 河出書房新社・1782円。「文芸別冊 KAWADEムック」の1冊。中村錦之助や倉本聰との対談、山田洋次の談話、北方謙三らへのインタビューに、秘蔵オフショットも。