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「豪商の金融史」書評 世の荒波を泳ぎ渡った先人たち

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月24日
豪商の金融史 廣岡家文書から解き明かす金融イノベーション 著者:高槻 泰郎 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:金融・通貨

ISBN: 9784766428339
発売⽇: 2022/07/06
サイズ: 20cm/317,3p

「豪商の金融史」 [著]高槻泰郎

 本書の主人公・加島屋廣岡家は、今日の知名度こそ高くないが、江戸時代にはあの鴻池善右衛門家と肩を並べた豪商。大同生命保険の祖であり、2015~16年放送のNHK朝の連続ドラマ「あさが来た」のヒロインのモデルとされる広岡浅子の婚家でもある。
 本書は大同生命に保管されていた文書群や「あさが来た」の放送を機に発見された2万余点の資料「廣岡家文書」等の考証成果。だがこの書物を一読して驚かされるのは、江戸時代初期創業の伝承を持つ加島屋の歴史が、そのまま日本の経済史、更には日本史の一断面を成す事実である。
 商業の一大中心地として知られる大坂がその役目を担い始めたのは、実は17世紀後半以降と決して古い話ではない。そんな大坂に産声を上げた廣岡家は、世界初の先物取引市場と呼ばれる大坂堂島米市場での商いを主軸に、やがて大名を相手に融資を行う大名貸しへと商売を広げる。とはいえただ銭を貸し付けるだけではなく、諸藩から財政状況の提示を受け、時に藩の再生計画に力を貸す廣岡家の姿は、現在の融資先に対峙(たいじ)する銀行に近い。
 ただそれゆえに廣岡家は明治期以降、既存の業務からの変質を迫られ、更に関東大震災・昭和金融恐慌を経て、現在我々が知る大同生命へと変化する。その有為転変の激しさは、近代日本の忙しさそのものであり、我々は廣岡家の歴史を通じて、世の荒波を泳ぎ渡って来た先人たちの苦悩を間近に学ぶことが出来る。
 なお廣岡家の多面的な活躍を示すべく、本書には同家の文化・社会的活動に関するコラムも収録されており、商業とは何かを考える一助ともなっている。茶の湯、ゴルフ、近代建築など、幅広い廣岡家の活動は、「豪商」という言葉から抱く我々のイメージを大きく覆すに違いない。
 既存の日本史を学び尽(つく)した人にも、今から歴史を学ぼうとする人にもお勧めの一冊である。
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たかつき・やすお 神戸大准教授(日本経済史)。著書に『近世米市場の形成と展開』など。