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「ぼくらは、まだ少し期待している」書評 親に傷つけられても生きていく

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月29日
ぼくらは、まだ少し期待している 著者:木地雅映子 出版社:中央公論新社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784120055768
発売⽇: 2022/10/07
サイズ: 20cm/344p

「ぼくらは、まだ少し期待している」 [著]木地雅映子

 〈自らを天才だと信じて疑わないひとりのむすめがありました。斉木杉子。十一歳。――わたしのことです〉。群像新人文学賞優秀作に選ばれた名作「氷の海のガレオン」を表題とした単行本で、木地雅映子がデビューしたのは一九九四年。以来、決して作品数は多くないものの、次作を待たれる作家であり続けている。
 約十年ぶりの新作長編となる本書も、その期待を裏切らない読み応えだ。
 高校生らしからぬ資産があり、校内で金貸しをしていると噂(うわさ)されている土橋輝明は、ある日同じ三年生の秦野あさひに相談にのってほしいと頼まれる。あさひは直接的に借金を依頼してきたわけではなかったものの、結果的に金の絡む問題を抱えていて、ほどなく札幌の街から姿を消した。
 その行方を、輝明があさひと同じ部活の弟・航と追う。行き着いたのは、埼玉県にある「児童自立援助ホーム」。そこには、あさひの弟・新が他者とのコミュニケーションを拒み、ひっそりと暮らしていた。
 問題を抱えた子供たちが集う施設は、いわゆる「児童養護施設」とはなにが違うのか。母親と福島で生活していたはずの新になにがあったのか。そしてあさひはどこにいるのか――。
 あさひと新だけでなく、輝明と航も、いわば親に期待することを止(や)めた子供たちである。ふたりは、異母兄弟で、父親は既に亡く、輝明の「資産」にも暗い事情がある。しかし、木地雅映子は、彼らを虐げられて育った可哀相(かわいそう)な子供たちとして描くのではなく、生きるために身につけた攻撃と防御、葛藤と知識を主軸に、それぞれの戦い方を読者にも見せていくのだ。
 重苦しい話ではない。ユーモアがあり、騒々しくもあり、だからこそ真摯(しんし)で切実に響く。二〇一三年という時代設定も効いている。過去に傷つき、ままならない現在に焦(じ)れ、それでも「期待」したいと願う未来。あぁ、木地雅映子が帰ってきたのだと心が強くなる。
    ◇
きじ・かえこ 1971年生まれ。作家。1994年、『氷の海のガレオン』でデビュー。ほかの著書に『悦楽の園』など。