クリーニング店に預けられたまま引き取られなかった衣服はどこへ行くのだろう――。作家、青山七恵さんの新刊『はぐれんぼう』(講談社)は、そんな疑問から出発した長編小説だ。ふとした疑問はコロナ禍の不安と結びつき、物語は思わぬ展開に。寓話(ぐうわ)のような小説で新境地を見せる。
「クリーニング店は前々から好きな場所だった」と青山さん。「近所にもあって、店内にちょっとした折り紙の飾りがあったり、お店を素敵なところにしようという従業員さんの気遣いが感じられるところなんです」。そんな場所で、店内に貼られた札に目がとまった。引き取り期限を過ぎた預かりものは保管倉庫に送ります、戻すためには手数料をいただきます。
「誰も取りに来なかったら、どうするんだろう。倉庫には、どれくらいの服が集まっているんだろう」
そうしたことを考えていたところに、コロナ禍の不安が重なった。「いままで自分が感じてきた不安も、解消していたのではなくて一時的に預けていたのかもしれない。不安の倉庫のカギが誰かによって開けられて、人々の不安が個人の元に戻ってきているようなイメージが湧いたんです」
クリーニング店で働く〈わたし〉は、持ち主が長らく引き取りに来ず、捨てられる寸前だった衣服を見かねて自宅に持ち帰る。すると翌朝、それらの衣服が身にまといつき、過去の記憶の断片が流れ込んでくるように。〈わたし〉は導かれるようにして、衣服たちが送られてゆく〈倉庫〉を目指して旅に出る。
なぜ、持ち主は取りに来ないのか。その問いが物語に不穏な影を落とす。「捨てるに忍びないけれど見たくないからとりあえず遠ざけておきたいものって、結構あると思うんですよ」。自身にとっては、たとえば恥ずかしい記憶や、失敗した経験。だがそれは、個人的な問題を超えて、現実社会へのまなざしとも地続きになっているという。
「平穏に生きたいがために不安なものを押しやって機能している部分が、この社会にはたくさんあると思う。平穏の裏には不穏なものがあって、そこで苦しんでいる人たちもたくさんいる。そういうシステムのなかに加担してしまっていることに対する怖さや後ろめたさは、すごくあります」
一方で、こうも考える。
「完全に捨てちゃいけないと思えているのなら、まだちょっと救いはあるのかなと思う。自分の中のことも、この社会のことも。わかりやすく解決策がなくても、忘れないで取っておくということには、まだ救いがある。そういう状態でありたいなと思います」(山崎聡)=朝日新聞2022年10月29日掲載