1. HOME
  2. インタビュー
  3. 朝宮運河のホラーワールド渉猟
  4. 澤村伊智さん「ばくうどの悪夢」インタビュー 眠りの世界に忍び寄る、死の恐怖

澤村伊智さん「ばくうどの悪夢」インタビュー 眠りの世界に忍び寄る、死の恐怖

澤村伊智さん=KADOKAWA提供

ホラー映画『エルム街の悪夢』の世界を小説に

――『ばくうどの悪夢』はファン待望の「比嘉姉妹」シリーズ最新作。同シリーズの長編としては約5年ぶりとなりますね。

 お待たせしてしまいました。プロットにOKをもらえたのは去年の夏頃で、その段階でメインの仕掛けも思いついていたので、あとは書くだけだったんですが。いざ着手してみたら書いても書いても終わらないんです(笑)。今年に入ってからは意識的に仕事を絞って、やっと完成までこぎつけた感じですね。これでも書かなかったり削ったりしたエピソードがかなりあるんです。当初予定していたとおり書いていたら、原稿用紙1000枚は超えていただろうと思います。

――これまでさまざまなタイプの怪異を扱ってきた比嘉姉妹シリーズですが、今回扱われるのは〈夢の怪〉。眠りの世界に潜む化け物という恐ろしいアイデアは、どのように生まれたのでしょうか?

 今回は単純に「『エルム街の悪夢』をやろう」と思ったんですよ。『エルム街の悪夢』をリスペクトした作品は、デビュー以来いつかやりたいと思っていて、8年目にしてついに実現したという感じです。

――『エルム街の悪夢』は1984年公開のホラー映画。日本でもヒットし、かぎ爪をつけた怪人フレディは人気キャラクターとなりました。初めてご覧になったのはいつですか?

 大学1年の時だったと思います。色々あって初めてバイト代を全額自分のために使えるようになって、これで映画を観てやろううと思ったんですね。それでレンタルビデオ屋に行って、『エルム街の悪夢』を借りたんです。それ以前から子ども向け雑誌で紹介されるほど有名な映画でしたが、ちゃんと観たことがなくて。初めて現物を観たら、あまりに面白くて驚きました。監督のウェス・クレイヴンが僕のデビューした年に亡くなっていることもあって、不思議な縁を感じる映画です。
 ちなみに作家の平山夢明さんはこれまで何度か、若干否定的なニュアンスで『エルム街の悪夢』に言及されています。そのこと自体はまったく構わないんですが、平山ファンがそれを鵜呑みにして、観もせずに『エルム街の悪夢』をディスったりしたら耐えられないなと(笑)。そういう事態に対抗するためにも、『エルム街の悪夢』へのリスペクトは公言していきたいと思っています。

――澤村さんはあの映画のどこに惹かれたんでしょうか。

 夢と現実があいまいな編集や、眠ったらフレディに殺されるという設定も面白かったですが、映画の後半フレディの過去が明かされるじゃないですか。あそこが一番怖かったんです。現実世界すら信じられなくなり、子供が自分の力で事件に立ち向かわねばならなくなる。あの展開にぐっときました。
 抽象化したり並べ替えたりはしていますが、『ばくうどの悪夢』の構成要素は6割方『エルム街の悪夢』と同じにしているんですよ。

澤村伊智さん=KADOKAWA提供

地方都市のノリに馴染めない中学生が主人公

――主人公〈僕〉は、兵庫県東川西市に暮らす中学1年生。彼は現実に影響を及ぼす、恐ろしい夢に悩まされています。澤村さんのホラーで男の子が主人公になるのは珍しいですね。

 だと思います。『エルム街の悪夢』には『エルム街の悪夢2 フレディの逆襲』という続編があるんですが、これがつまらないんですよ。以前その話を作家の三津田信三さんにしたら、「あの手の映画で少年が主人公なのは貴重だから、そこは評価したほうがいいね」とおっしゃって、それが印象に残っていたんですね。それもあって今回は少年を主人公にしてみました。『エルム街の悪夢』より面白い小説を書くのは無理だとしても、『フレディの逆襲』になら勝てるんじゃないか。そういう下衆な気持ちもあったかもしれません。

――東京から父の出身地に一家で引っ越してきた〈僕〉は、地方特有の狭い人間関係やヤンキー的価値観になじむことができません。地方暮らしのもつ負の側面が、物語の重要な鍵になってきます。

 自分も地方出身者なので、ヤンキー的なノリの辛さはよく知っているんです。東京に出てきたのはなりゆきでしたが、地元から離れてよかったなとつくづく思いますね。今回、参考文献の一冊にあげた芸人の東野幸治さんの『この間。』というブログ本には、そうした地方の悪いところを煮詰めたような同窓会のエピソードが載っています。思わず引いてしまうような話なんですが、どこかでそういう話を楽しんでいる面があるし、多くの人もそうだと思う。東京対地方みたいな話題はネットでもよく議論になりますし、みんな関心があるんですよね。

――とはいえ「地方はこうだ」と決めつける書き方にもなっていません。さまざまな登場人物の生き方を通して、地方暮らしの長所と短所が多層的に表現されています。

 何だかんだいっても自分もヤンキー的な価値観で育ちましたからね。東京に出てきて20年になりますが、文化的に洗練された東京出身者と話していると、自分は田舎者だなと思います。
 悲壮な決意をもって上京してきて、地元への憎しみで凝り固まっている人もいますけど、あれもどうなのかなと。「君みたいなタイプは地方で苦労しただろ? 一緒に東京で闘おう」と共感を求められるんですけど、僕はそこまで思い詰めていないので(笑)。地元でいじめられたとかなら「大変でしたね。脱出できてよかったですね」と思いますし、地方特有の狭さや息苦しさはよく分かりますが、それにこだわり続けるのも、東京という夢に取り憑かれているような気がするんです。

――なかなかに辛い話ですね。しかしそうした鋭い人間観察が澤村作品の大きな魅力。今回もプライドの高い中年男性の言動がリアルに描写されていて、胸が痛くなりました。

 彼については、構想段階でもっと気持ち悪いエピソードがたくさんあったんです。下校中の小学生に絡んで『ジョジョ』の知識を披露するとか(笑)。長くなりすぎるので書きませんでしたが、そういうアイデアなら次々に浮かんできますね。
 ただこれも地方嫌悪と一緒で、自分にもこういう部分がないとは言い切れない。というか、かなりあると思います。僕もファミレスで『ジョジョ』の話をしたくなる側の人間だし、実際それで徹夜したこともある。彼のことを異質な人間として突き放すことはできません。

澤村伊智さん=KADOKAWA提供

流行の土俗ホラーとは距離を置いて

――冒頭で描かれているのは、総合病院の産科入院病棟で起こった無差別殺傷事件。思わず目を覆いたくなるような残酷描写が、数ページにわたって展開します。

 物語の展開上必要なシーンだったというのもありますが、残酷描写を売りにしている作家さんたちへの対抗意識も少しはありましたね。そういうシーンが書けないと思われるのもしゃくなので、じゃあここまでやってやろうと。書いている時は割と冷静で、「よし、ここで指を飛ばそう」とか計算しながら書いていました。

――類似の事件がいくつか頭に浮かびましたが、このシーンは現実の無差別殺傷事件を意識されているのでしょうか。

 頭の片隅にはあったと思いますが、むしろこのシーンは個人的な恐怖感の表れです。妻が出産する時に長期入院した病院が、割とセキュリティチェックの甘いところだったんです。その気になれば誰でも病棟に入れてしまうので、何か事件が起こったらどうしよう、と毎日不安でたまりませんでした。僕にとっての悪夢を、そのまま書いたのがこのシーンです。

――夢の中で子供たちを傷つける化け物の名は〈ばくうど〉。土地に伝わる古い子守唄が、その正体に迫るヒントとなります。このあたりの考察も読み応えがありました。

 いつもはお化けっぽい響きをもつ名前を先に決めるんですが、今回は由来から考えていったので多少手間がかかりました。〈ばくうど〉に関する子守唄は、『エルム街の悪夢』に出てくる子守唄へのオマージュです。これは子守唄であり数え歌でもあるんですが、調べてみると日本でも同様に両方の要素を持つ例が見つかったので、映画に倣ってそうしました。

――昨今流行の土俗信仰を扱ったホラーのように見えて実は……、というひねり方が澤村さんらしいですね。土俗ホラーミステリーの問題作『予言の島』と共通するまなざしを感じました。

 作家の辻村深月さんが某新人賞の選評で「田舎を田舎というだけで何が起こっても許される装置として乱暴に書いてしまう応募作が多い」と苦言を呈されていたのが印象的で、その延長で「田舎を田舎だからと願望充足の道具にする人」を茶化しているんですよ。同じようなことは『予言の島』でも書いたんですが、どちらもまあ言いがかりですよね(笑)。
 ただ今回の方が、多少リアルな言いがかりになっているとも思います。本作にはよく知らない地方に、自分にとって都合のいい夢を押し付ける人がたくさん出てきますが、こういう人は実在するので。

子を持つ親の自己憐憫ホラーには絶対したくなかった

――子供たちを救おうと奔走するのは、おなじみオカルトライターの野崎昆と、その妻で霊能者の真琴。真琴の姉・琴子が意外な形で事件に関わってきたり、比嘉家の人々がさらに登場したりと、驚きの展開が待っています。

 比嘉姉妹が初めて全員登場します。シリーズの続きを楽しみにしてくださっている方が多いようなので、そこは意識してサービスしようと思っていますね。琴子がああいう形で出てくるのは、担当編集者さんからのオーダーなんです。琴子が出るとそれだけで安心感が生まれてしまうので、それを裏切るような展開にしてほしいと。それもそうだなと思って、元々あったプロットにその要素をくっつけました。おかげで琴子をうまく事件に絡められたと思います。

――強力なヒーロー・ヒロインが活躍するホラーは怖くない、とよく言われますが、比嘉姉妹はキャラが立っているのにちゃんと怖い。そのバランスに感心します。

 その説もどうなのかなと思いますよ。有名な「累ヶ淵」(かさねがふち)の原典とされる『死霊解脱物語聞書』(しりょうげだつものがたりききがき)という江戸時代の本がありますが、あれは実在の仏僧がゴーストハンターとして出てくるのに、むちゃくちゃ怖いじゃないですか。実例がある以上、強い霊能者を出すと怖くなくなる、という説は成り立たないだろうと思います。よく知らない人に限って、「こんなの本当のホラーじゃない」と言いたがるものですしね。昭和の仮面ライダーしか見ていない人に限って、「平成ライダーとは」と雑に語りたがるのと一緒です(笑)。

――身勝手な願望や理想も含めたさまざまな〈夢〉を重層的に描いた『ばくうどの悪夢』は、誰にとっても他人事ではない、現代的なホラー・エンターテインメントになっていると思います。圧倒されました。

 ありがとうございます。数年前の自分には書けない作品だと思いますし、書き上げられてよかったと思っています。自分が親になったからって、子を持つ親を主人公にして「我が子を化け物や殺人鬼に殺されて悲しい。自分も可哀想」みたいな、子供をダシに生温い自己憐憫に浸るような話には絶対したくなかった。執筆前のどこかでそんなことを思った記憶があって、それも少年を主人公にした理由なのかもしれません。その結果、読んだ編集者から「がんばる主人公がよかった」と感想をもらえて。これまで主人公のキャラクターについて褒められることがほとんどなかったので、嬉しかったです。
 多くの方に読んでもらいたいですが、土俗ホラーが好きな方、地元のヤンキー社会が嫌で都会に出てきた方、そんな自分が好きな方には、特に読んでもらいたいですね。