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「私たちには記憶すべきことがある」書評 国に虐げられた人たちを主役に

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月12日
私たちには記憶すべきことがある 韓国人権紀行 著者:真鍋 祐子 出版社:高文研 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784874988121
発売⽇: 2022/09/09
サイズ: 19cm/330p

「私たちには記憶すべきことがある」 [著]朴來群

 死の際まで追い詰める拷問や司法を無視した死刑の乱発――1972年、韓国大統領・朴正熙は権力を強化しようと非常戒厳令を発布、緊急措置権を手に入れた。政府に反発する人びとの尊厳は為政者の靴底で踏みにじられた。
 朴の暗殺後、79年にクーデターを成し遂げた全斗煥は朴よりもさらに苛烈(かれつ)だった。耐えかねた光州市民が民主化を掲げ、政府軍に敢然と立ち向かったのは、翌年5月18日である。
 この光州事件では多数の民衆が拷問され、高校生すら殺された。世界史的にも重要な虐殺事件である。
 事件から8年後、ある学生が大学の屋上でこの虐殺の責任者処罰を要求し、頭からシンナーをかぶって「光州は生きている!」と叫び焼身自殺を遂げた。
 本書の著者はその兄である。弟の遺志を受け継ぎ、国家の暴力の犠牲者やその遺族を支援し、繰り返しの投獄や後遺症にもめげずにいつも弱い方に立つ。本書は、そんな行動に身を捧げる彼によって書かれた、国に虐げられた死者たちを主役に据えんとする優れた韓国民衆史である。
 ソウルの戦争記念館を除いて未訪問の場所ばかりだが、著者の隣で解説を聞きながら歩いている錯覚にとらわれるのが不思議だ。
 李承晩政権が民衆を虐殺した済州島4・3事件の縁(ゆかり)の場所、宗主国日本の主導で作られハンセン病患者の人権を奪い続けた小鹿島の施設、弟の自死の源泉である光州事件の現場、拷問がなされた治安本部対共分室、そして政府が真相解明に消極的なあまり遺族の気持ちを蹂躙(じゅうりん)したセウォル号事件の現場など、悲劇の痕跡と著者の静かな語りに胸が疼(うず)く。その現場を歩くと日本人の植民地時代の暴力が度々登場することが一層私の心を重くした。
 それにしても17ページに掲載されている著者の近影には驚く。弟を焼身自殺で失い、政府と戦い続ける人生のどこからこんな優しい表情が生まれるのだろうか。
    ◇
パク・レグン 1961年、韓国生まれ。人権活動家。著書に『人のそばに人のそばに人』(未邦訳)など。