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「暗闇のなかの光」 シビアに競う共同研究の喜び 朝日新聞書評から

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月19日
暗闇のなかの光 ブラックホール、宇宙、そして私たち 著者:吉田 三知世 出版社:亜紀書房 ジャンル:天文・宇宙科学

ISBN: 9784750517605
発売⽇: 2022/09/06
サイズ: 20cm/435,24,17p

「暗闇のなかの光」 [著]ハイノー・ファルケ、イェルク・レーマー

 重力は引力の一種だ。身近な引力というと、例えば磁石のS極とN極が引き合うときに働く力がある。しかし、重力のイメージは少し異なる。アインシュタインの一般相対性理論によれば時空間は一枚のシーツのようなもので、その上にボウリングの球を置くと、重力により窪(くぼ)む。そのシーツ(時空間)の上にビー玉をそっと置けば、ビー玉は窪みに向かって動き始める。そのように重力は働く。この窪みにより重さのない光の経路でさえも曲げられる。
 宇宙にはそこかしこに時空の窪みがあり、それが深くなると穴となる。本書には、宇宙の穴「ブラックホール」を撮像することについて、予算獲得にしのぎを削る研究者の右往左往から、技術やアイデアをシビアに競い合う国際的な共同研究の喜びまでが描かれている。
 私たちの生活にはラジオや携帯電話といった多くの電波が飛び交い、アンテナで受信している。宇宙の一点から来る電波を多数のアンテナ群でうまく受信すると、干渉計と呼ばれる一つの望遠鏡にすることができる。最大級のものは月面に置いたゴルフボールを地球から見分けられるほどの解像度となる。
 2017年の同時期に世界中の電波望遠鏡がある天体へと向けられ、あたかも一つの望遠鏡であるかのように稼働した。そこに映っていたのは、いや、映っていなかったのは(ブラックホールは光も吸い込むので少々ややこしい)ブラックホールからの光であった。そしてそのブラックホールの周りは、電波で輝いていた。
 みなさんは、最近あった皆既月食を見られただろうか。街にいると見られる星の数も少なく、普段は夜空を見上げることも忘れがちだ。しかし、腕をのばした距離にある針の穴から見える宇宙をハッブル望遠鏡が撮影すると、3千個もの銀河が写るという。そして銀河の一つ一つに、太陽のような天体が数千億個存在しているのだ。地球は宇宙の中ではまさに片隅の一点でしかない。片隅の小さな点から広大な宇宙を見渡すことができ、その風景を記録することができる喜びが、本書からは伝わってくる。
 こと宇宙の観測となると、地球とその近傍が我々のたった一つの観測場所だ。最高精度の観測をするために必要な唯一無二の場所は、自らが構築しなければ手に入らない。そんな環境で宇宙を見る喜びを知ると、争っている場合ではない、一緒にあの天体を見よう、その望遠鏡もこの望遠鏡も、地球にある一つの大きな望遠鏡の一部なんだから、と言いたくなるのだ。
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Heino Falcke 1966年生まれ。オランダのラドバウド大教授(宇宙物理学)。2021年に全米科学アカデミーからヘンリー・ドレイパー賞を贈られる▽Jörg Römer 1974年生まれ。独「デア・シュピーゲル」誌の科学記事編集者。