お母さんの真っ赤なコートをリメイク
――うさぎの「さきちゃん」が、お母さんが着ていたコートを、きつねの「ミコさん」にお願いして自分用のコートに仕立て直してもらいます。洋服のリメイクのお話ですが、どんな思いで作りましたか。
石井睦美(以下、石井):ミコさんは森で評判の、腕のいい仕立て屋さんなんです。ただサイズをお直しするだけでなく、さきちゃんにいろんな質問をしながらぴったりのコートに作り直してくれます。想い出が詰まったコートがリメイクされ、寒い冬にさきちゃんを包んでくれることで、“お母さんはさきちゃんが大事だし、さきちゃんはお母さんが好き”ということを表現したいと思いました。
私はお裁縫が得意でないけれど、母は得意で、幼い頃はセーターをほどいて編み直してくれたり、ワンピースを縫ってくれたりしました。私の娘にも、私が昔着ていた服の布地からジャンパースカートを作ってくれたことも。そんなことも思い出しながらお話を書きました。
――石井さんと布川さんがコンビを組んだ絵本制作はシリーズ3冊目になりますね。
石井:ラフの段階で、布川さんから、さきちゃんのお母さんが着ていた真っ赤なコートの絵が出てきたとき「かわいい!」と感激しました。これは素敵な絵本になるなと。
さきちゃんとお母さんがミコさんを訪ねると、ミコさんがお手製のボタンの引き出しを開けてくれるのですが、その絵がかわいくてとても好きです。ボタン一個、一個に物語が詰まっているような感じがするんです。一つずつお話ができちゃいそう(笑)。
布川さんの絵って、すごく洗練された “素朴さ”みたいなものがあって、それが魅力だと思います。細部まで気を配って美しいものを作っているのに、不思議と気取っていない。大人はもちろんですが、やっぱり子どもの心をつかむ絵だなと感じます。
雪景色は画材を組み合わせて表現
――雪が降った朝に、さきちゃんがお母さんと一緒に開けた、屋根裏部屋の「おかあさんの、ふゆのはこ」。あたたかそうな服や小物が入っています。布川さんはどんなことをイメージしながら絵を描きましたか。
布川愛子(以下、布川):うちにも子どもがいるので、子どもと大人の衣類を分けて箱にしまい、季節ごとに衣替えをしています。石井さんの書かれた文章を読んで、「さきちゃんの家のお部屋にはどんな箱があるんだろう?」と想像しました。「お母さんはかわいいもののしつらえが得意なうさぎさんだろうから、箱も布張りしてあってきっと素敵だろうな」と。しまいっぱなしじゃなくて、季節ごとにちょっと開けて楽しい気持ちになれるような、春には春の花模様、冬はもみの木の模様……そんな箱をイメージしながら描きました。
――どんな画材で、どのように描いていますか。
布川:水彩絵具をベースに、クレヨン、パステル、色鉛筆などです。今回、雪がテーマの一つになっていると感じたので、「自然の中で生きている」ということも表現したいなと思って雪の表現にはこだわりました。斜めに降る雪、ぼたん雪、軽めの粉雪とページごとに描き分けました。
最後の方の、雪の中をさきちゃんが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるように歩いていくシーンは何度も描き直しました。ひらひら雪が舞う景色の明るさや、積もっている雪、木々の質感を出したくて、絵具の上にクレヨン、さらにその上に色鉛筆やパステルを重ねています。
絵は実はバラバラに描くことが多いんです。雪道を歩くシーンも、背景と人物を別々に描いてパソコン上で組み合わせています。植物柄も、花と茎と葉をバラバラに描くこともあります。最終的に一枚の絵に組み合わせてみたときに、お花だけ違う色にしたいなとか、この素材は移動した方がいいなと気づくことも結構あるので、後から調節できるようにバラバラに描いて構成しています。
「自分とは?」を気づかせてくれる
――洋服作りに取りかかる前に、いつも「さきちゃんのきぶんを しらなくっちゃね」と言うミコさんは、どんなひとなのでしょう。
布川:ミコさんは、さきちゃんたちの家族じゃないけれど、家族とは違う居場所を作ってくれるお姉さんみたいなイメージです。懐が深いというか、ミコさん自身の言葉や作っている作品で、さきちゃんをあたためてくれるような存在ですね。ミコさんは着るものもシンプルで、一見クールなスタイルだけど、尻尾はふさふさであたたかそうです。尻尾の毛を細かく描き込むときは「ふさふさになれー!」と念じながら描いていました(笑)。
石井:ミコさんは毎回服を作る前に「はるってどんなにおい?」「ふゆのおとって どんなおと?」と優しくたずねます。私自身もシリーズ1作ごとにそれを繰り返すことで、だんだん、「ミコさんって、“自分とは?”を気づかせてくれる存在なんだな」とわかるようになってきました。
ただ好みを聞いているようだけれど、何が好きで何が嫌いか、何が心地よくて、何が気持ち悪いのか……。それって結局難しい言葉で言えば“自分とは何か?”ってことじゃないかなと思うんです。子どもの心の中にある、難しい理屈や言葉じゃ表現できない“何か”を、ミコさんには伝えられる。そしてミコさんはその声に耳を傾けるひとなのですね。
詩的な自然描写と愛情を本に込めて
――自然描写やオノマトペが、詩的な雰囲気を醸し出します。
布川:『ふゆのコートをつくりに』のテキストを初めて読んだとき、物語を通して、目に見えないけれど確実にそこにある愛を感じて心が震えたのを覚えています。声に出して読むと、自然にゆっくりとした丁寧な口調になって、じんわりあたたかい気持ちになって……。子どもたちへの言葉のプレゼントがそこかしこに散りばめられていると感じます。
例えば、「ふゆのおとって どんなおと?」に「じんじん」って答えるのがすごくかわいいなと感動するんです。夢中で手袋しないで遊んじゃって「じんじんする~!」と言うさきちゃんの姿を想像しながら、テキストを読んだときの気持ちをそのまま絵に込めて制作しました。
石井:絵本のお話を作るときはいつも、その絵描きさんの世界観にぴったりくる文体を探りながら作ります。『ふゆのコートをつくりに』には布川さんの絵の世界があるから、そこにふさわしい物語や言葉を綴ろうとすると、ちょっと詩的な感じになりました。さきちゃんのセリフを書いているときは、私自身がもう、さきちゃんになっているので、言葉は自然に出てきます(笑)。
――完成したコートの裏地は春のサクラソウ模様だったのが意外でした。
石井:「外は寒いけど、裏地は春ね」というのがいいかなと。ミコさんがリメイクしたお母さんのコートに包まれているとき、コートの内側は春のようにあたたかいといいなあと想像しました。
布川:私も「コートの中は春」がいいなと思っていました。雪の世界とコートの中のあたたかさのコントラストがいいですよね。今回は冬がテーマなので、冬のものをたくさん描きました。冬ってお楽しみがいっぱいですよね。描いていても楽しいモチーフばかりでした。
――最後におふたりの“冬のお楽しみ”を教えてください。
布川:焚き火です。去年の冬に小さな焚き火台を買ったのですが、薪をくべてぱちぱちはぜるのを見ているのが好きで。焚き火ができる近くの広場に遊びに行くと、私は火の係りをして、夫と子どもが遊んでいる間、お茶を飲んだり焼き芋をしたりして楽しんでいます。
石井:私は食いしんぼうなので、冬といえば鍋です。「その季節しか食べられない」というものが好きなんです。冬じゃないと鍋料理をしないから(笑)。気に入っているのは、どんこと昆布のシンプルな出汁に、長ネギを5、6本細い斜め切りにしたものをどさっと入れて、薄い豚肉の三枚肉をしゃぶしゃぶみたいにするの。最初は出汁で、次に黒胡椒で、最後はポン酢で……と味を変えるのも楽しいですよ。