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成田美名子さん「花よりも花の如く」完結記念インタビュー 運命に導かれるように「能」と向き合った24年間

成田美名子さん=松嶋愛撮影

私に描けるのかと自問

――24年にわたる自身最長連載『花よりも花の如く』(以下『花花』)。まずは完結おめでとうございます。

 それが、実はまだ私は描き終わっていないんですよ……。(筆者注:取材は2025年11月に行われました)

――えっ?

 クライマックスで描いた舞台「道成寺」について、コミックスで描き足すつもりなんです。「道成寺」という曲は登場人物が多いんですよね。舞台に出てくる全員をきちんと描きたかったんですが、連載時にはページが全然足りなくて。コミックスでは描きたかったことを全部描きたいと思っています。

――それはコミックス版が楽しみですね。女性の恋慕の情と執念を描いた「道成寺」は、同じく伝統芸能の歌舞伎を描いた話題の映画『国宝』でも印象的に演じられていましたね。能を描く『花花』でも、最後は「道成寺」で、と決めていたんでしょうか。

 そうですね。主人公である能楽師・憲人の人生を様々な能舞台とともに描く『花花』は、「道成寺」を憲人が演じるところでまとまるんじゃないか、と初期から感じていました。ただ、「道成寺」については、私自身が描くのが怖くて仕方なかったんです。乱拍子や鐘入といった秘事や難易度の高い技が含まれていて、稽古はもちろん公開されていませんし……。画力的にも、知識的にも、本当に私に描けるんだろうかという不安がとても大きかった。それでここまで物語を引き伸ばしてしまったんです。長い間多くの方にお力添えいただき、さまざまな形で取材を重ねることで、なんとか描くことができました。ありがたいことです。

©成田美名子/白泉社

――圧倒的な画力で数々のヒット作を生み出してきた成田さんにとっても大きな挑戦だったのですね。若手能楽師が「道成寺」を初めて演じることは「道成寺披(ひら)き」と呼ばれ、一人前と認められるための卒業試験のような曲でもあるそうですね。

 能楽師の方々にとっては、道成寺披きと人生にとっての大きい節目である結婚とが割と同時期に来ることも多いみたいです。この物語は、道成寺披きを終えた憲人がすれ違ってしまった恋人と仲直りして完結させるつもりでいたんですが、ネームを描いていたら、思いの外憲人が大胆な行動をして。これには、作者の私自身も驚きました。

©成田美名子/白泉社

描きたかったのは憲人の人生

――そもそも『花花』は、前作『NATURAL』(1995―2001)のスピンオフのような読み切りとして始まった作品でした。最初のアイディアはどのようなものでしたか。

『NATURAL』で蝉に関わるエピソードを描こうと思った時に、ふと能の「蝉丸」を思い出して描いたんです。その時点での知識はゼロで、本当に無謀でした。でもそのシーンをきっかけに、後に『花花』の監修をしていただくことになる能楽師・観世銕之丞さんの妹さんから「虫干し」(※能装束や小物を一斉に干して、点検や修繕などを行う行事)のお誘いをいただいたんです。今思えば、それがすべてのはじまりでした。私自身が、そこからどんどん能の世界にのめり込みました。

――年間100番近い能舞台に足を運んだりもされたそうですね。成田さんにとって能の魅力はどんなところにありますか?

 初めて能を観たのは高校生の時。簡潔な表現に強烈な印象を受けました。同時期に歌舞伎も観て、そちらも本当に素晴らしかったんですけど、歌舞伎には大道具も小道具もたくさんあって、視覚で今何が起きているかがはっきりわかる。でも、能は、可能なかぎり具体的な説明を省いているんですよ。何もないからこそ、自分で想像するんです。そこが最高でした! 空想をしたい方には、能はおすすめです。
 ただ、『花花』で私が一番に描きたかったのは、憲人の人生なんですよ。彼が能楽師だったので、必然的に能を描くことになりました。

――『花花』では憲人が演じる舞台と、彼が生きる現代社会の問題が両輪で描かれているのがおもしろいですよね。苦手な上司と付き合う方法や、ゴミ屋敷、人種差別などの現代的な問題と古典が重ねるような形で展開されています。

『花花』は憲人が23歳から30歳にまでの物語で、作中時間は1996、7年頃から始まり最終回時点で2003年。すこし前にはなりますが、とはいえ憲人は現代人です。私の考えでは、むしろ現代人が昔書かれた能のテーマを引き寄せている感じがするんですよ。そんな風に能もマンガも身近な気持ちで見てもらえたらうれしいです。

©成田美名子/白泉社

――憲人は役者ということもあるのか、不思議なキャラクターですよね。見た目や雰囲気も徐々に変わっていって。

 不思議な人ですよねぇ。生活感がないし、ぼやーっと自分の世界にいるかと思えば、何にでも首をつっこむし。長い連載の途中で眼鏡を外すことは最初から決めていたのですが、少しずつ大人になっていきました。『花花』は本当にひとりの人間の話を聞きながら作っていった感覚です。そう、今回初めて一人称マンガにしたんですよ。

――小説では人称は重要な問題ですが、一般にマンガはもう少し視点の自由度が高いですよね。あえて不自由とも言える一人称を選んだのはどうしてですか?

 そう、マンガって視点をあちこち自在に動かせるんですよね。でもこの作品は、あえて憲人の語りに固定しました。最初は読み切りのつもりだったこともあり、読者の皆様に能について解説をさせるのに憲人の一人称が便利だったんですよ。その後連載が長くなるにつれて、大変になって(笑)。一人称だと主人公が知らないことは描けないので不便なんですが、恋のすれちがいを描く時なんかには役に立ちました。

言葉にできない、舞台にあらわれる「花」

――美しい描写も見どころの作品ですが、作画において心がけていたことはありますか?

 やはり少女マンガなので、そこから外れないことを大切にしていました。きちんと描かないようにあえて気をつけるというか。リアルに寄りすぎない。少女マンガのそういう部分は、日本画に通じるように感じますね。立体感をあまりつけずにいろんな綺麗さで見せていくというのが日本画ですが、それってすごく少女マンガと相性がいい。

――実際日本画の技法をカラーで取り入れたりもしていたそうですね。

【19巻表紙】『花よりも花の如く』19巻(成田美名子/著、白泉社)

 はい。日本画は初めてだったので学ぶことが多くて、描きながらだんだん効果がわかってくる。その過程が楽しいんですよ。12巻の表紙は絹色紙に描きました。16巻の表紙は紙の表からも裏からも色を塗って、なかなか上手く描けなかったので印象に残っています(笑)。19巻の表紙は、ご覧の通りモネですよね。描く前にモネの絵画を観に行ったんですが、油絵だから本物は当然すごく厚塗りでね。「これは日本画じゃできないわ」と思いながらも、いざ描いてみたら面白かったです。この時は下絵もせずに描きました。

――モネを日本画の手法で取り入れる……。少女マンガはやはり美しさに貪欲なジャンルだなと感じます。最後に、タイトル『花よりも花の如く』についてお聞きしたいのですが。世阿弥の能楽論『風姿花伝』にある言葉ではと思い探したんですが、見つからなくて。

 ああ、そうですね。『花よりも花の如く』はね、ある日突然降ってきた言葉なんです。能ファンの方から「すごくいいタイトルだ!」って褒めていただいたことがあって、「能はリアルな花ではいけない。でも花より花らしくなくてはいけないんだ」と仰ってくださって嬉しかったです。けれど、私自身はどこか腑に落ちずにいました。世阿弥も花について書き残していますが、私自身は、結局最後まで「花って何だろう?」とわからないままでした。ただ、私はそれをもう何度も舞台の上で観ているんだわという気持ちはありました。花ってね、多分言葉で表せないものなんじゃないかと私は思っています。それがマンガの中に少しでも描けていればよいのですが。

成田美名子さん=松嶋愛撮影

――先ほどお話されていた少女マンガの美しさにもどこか通じるお話ですね。

 そういえば私、『花花』のラストシーンを実際に目撃したんですよ。

――……と、言いますと?

 先ほどお話した虫干しに伺った際の打ち上げで、帰り道、ある役者さんが急に「どっちが早いか競争しようぜ」と言って、サンダルを脱いで走り出したんです。未来につながっていくような情景で、その時「『花花』のラストシーンを見た……!」と思ったんですよね。あの場面を四半世紀越しにちゃんと描くことができてうれしかったです。後々ご本人たちに御礼をお伝えしたら「え、なんすか?」って全然わかってらっしゃらなかったんですけど(笑)。やっぱりこの作品とは、何か、最初から運命的なものがあった気がします。

©成田美名子/白泉社