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阿部和重さん「Ultimate Edition」 9年ぶり短編集、虚構と現実を渡り歩く「ちゃぶ台返し」は健在

阿部和重さん

 作家の阿部和重さんが、9年ぶりの短編集『Ultimate Edition』(河出書房新社)を出した。イーロン・マスクやグレタ・トゥンベリといった話題の名前から、ハロウィーンに沸く渋谷まで――。あらゆる角度で世相を切り取る多彩な作品で、手品のように虚構と現実を裏返してみせる。

 巻頭に置かれた「Hunters And Collectors」は、ロシア人名の〈元教官〉と〈教え子〉の緊迫したやり取りが、スマートフォンを手にした少女の介入で思わぬ結末を迎える作品。読者に肩すかしをくらわせるような作品はほかにも目立つ。どうしてなのか尋ねると、「それはもうデビュー作からずっとなので、たぶん手癖のようなもの」と語りつつ、「こうでなければならないという身体感覚であり、あるいはもしかしたら倫理観かもしれない」と話す。

 「何か暴力的な状況が生まれ、クライマックスにかけて盛り上がり、ど派手に終わってしまえば娯楽的なよろこびはおそらく感じられる」。だが、それをそのまま提示して終わらせてしまうことに、強い抵抗を感じるという。

 「シチュエーションやストーリーを多角的に捉えられるような仕組みを持たせたい。そういった狙いがあるので、ちゃぶ台返し的なことを好んでやり続けてきたんだろうなと思います」

 そのことは、自身が映画評論の場で疑似ドキュメンタリーの手法を批判し続けてきたこととも無縁ではない。あたかも現実のように見せる虚構を世に出すならば、どこかに種明かし的な回路を設けるべきだ。そうした立場は、たとえば本書収録の「Green Haze」でも鮮明となる。

 ブラジルのアマゾンで起きた大規模な森林火災を伝える報道機関の記事をいくつも引用しながら、一転して大ぼらを吹く短編。こうした手法が自ら批判してきた疑似ドキュメンタリーに例えられたこともあるが、「人間の目に見えているものをそのまま映像で示す行為と、すでに活字になった情報を組み合わせてリアリティーを演出することには差がある」と考えてきた。

 「活字になっている時点でそれはもうフィクションですから。活字は著者が現実として受け止めた事実の編集版でしかない。たとえ報道であっても、それは事実を知るための入り口として受け止めるということにとどめておかないといけないはずです」。ここにもまた、虚実の境界を歩む作家の倫理観がのぞいた。

 じつは冒頭の作品は、ロシアのウクライナ侵攻が始まる前の時点で、次に予定していた長編の一場面を抜き出すようにして書いたという。故郷を舞台にした3部作を2019年の『オーガ(ニ)ズム』で完結させ、米朝の国際情勢を背景に『ブラック・チェンバー・ミュージック』(21年)を発表。次は「ロシアを題材にした血なまぐさい長編」の連載が間近に迫っていたが、今年に入ってウクライナ侵攻が始まった。

 「この状況のなかで、キャラクターとしてプーチンという人間を書いてしまうことに抵抗があった。まったく違ったプランで組み立てなければいけないと、自分で考えが変わりました」

 物語はどうなるのだろうか。「自分がいま書いてもあまり抵抗のないようなものに。そのうえで、いま書くことに何か意味があるかたちはどういうものだろうかと模索して、再構築している段階です」。現実を巻き込み、巻き込まれる作家の格闘は、いま新たな次元に入っている。(山崎聡)=朝日新聞2022年11月30日掲載