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飯出敏夫さん「温泉百名山」インタビュー 取材40年の目利きが選定

飯出敏夫さん

 名山あるところ名湯あり。温泉取材歴40年の目利きが全国を歩き、いで湯をふもとに抱えた秀峰100座を選んだ。名づけて「温泉百名山」。いままでなかったのが不思議なくらい、これ以上ない取り合わせだ。
 山と温泉が結び付いたきっかけは大病だった。2011年、ステージ4の悪性リンパ腫と診断された。抗がん剤治療で何とか命はつながったものの、「心身ともに痛めつけられました」。
 やがて再開した温泉取材で訪れた先は、深田久弥の「日本百名山」にも選ばれた霊峰、白山のふもと。思い切って登ってみると、頂上で濃霧が一瞬途切れ、光がさした。「闘病後だからか、天の啓示のようでした」。導かれるように百名山を登るようになり、「深田が山を選ぶ基準とした品格、歴史、個性は、名湯選びにも当てはまる」と気がついた。

 そうして18年、「温泉百名山」選定のための山行を本格化。途中、ひざのけがで手術もしながら、21年秋に完遂した。「闘病している山好き、温泉好きの励みになれば」と、コースタイムやおすすめの温泉宿を紹介する一冊に仕上げた。
 忘れられない出会いがあった。深田の選には漏れた東北の名峰、秋田駒ケ岳。60代とみられる男性と行き会い、強風をやり過ごす間に話をすれば、同じ大病を患った者同士だった。一命をとりとめた男性は独り暮らしだった家を売り、改造した軽自動車で車中泊をしながら、気ままな山旅を続けていると語った。ふもとに湧く国見温泉に共につかった後、次の山へと向かう男性を見送った。
 選定を終えても、山通いは続く。歩き疲れた体を湯船にとっぷり沈めれば、浮かんでくるのは「生きていてよかった」のひとこと。「彼はいまごろ、どのへんを登っているのだろう」。ふと思うという。(文・写真 上原佳久)=朝日新聞2022年12月10日掲載