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「映画夢情」 品格あふれる批評 50年の集成 朝日新聞書評から

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2022年12月17日
映画夢情 著者:佐藤 千穂 出版社:書肆子午線 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784908568329
発売⽇: 2022/10/25
サイズ: 20cm/671p

「映画夢情」 [著]佐藤千穂

 SNS上で口汚くののしり合ったり、小馬鹿にしたりする文章を目にすると、心底うんざりする。私が普段取材している映画の世界でも、単なる悪口雑言が「辛口批評」などと持ち上げられている。品格のある文章はどこへ行ったのだ?
 ここにあった。佐藤千穂さんの文章は気持ちが良く、読みやすい。「映画芸術」などの誌上で半世紀にわたって掲載された文章を一堂に集めた本が、このSNS全盛時代に刊行された。そのことをまずは言祝(ことほ)ぎたい。
 取り上げる作品は幅広いジャンルに及ぶが、基本的にはエンターテインメントだ。うれしいのは1本の映画を論じる中に、様々な映画のタイトルが入り込んでくるところだ。
 品格が顕著に表れるのは批判をする場合だ。佐藤さんは好き嫌いが激しいようで、世評の高い作品も結構批判している。
 例えば、名匠内田吐夢監督のヤクザ映画「人生劇場 飛車角と吉良常」(1968年)。ヤクザ映画の見どころは「男の怨念」と「ゼニと縄張りをめぐるカケヒキ」なのに「この二つが欠落した単なる人間の苦悩と解決の映画でしかありません」。
 キアヌ・リーブス主演の「スピード」(94年)は見終わったら「また観(み)たくなります」と褒める。だが「深く味わいたいという映画的関心からではなく、いま降りたジェットコースターの列にまた並んでみたいような気持ち」だと。映画を見た人なら思わず膝(ひざ)を打ちたくなる。
 批判とは、酔狂の放言でもなければ、教師の採点でもない。その映画を愛する人や、作り手自身が読んだ時に、一定の説得力を持っている必要がある。それが品格ということだと思う。
 佐藤さんが品格を手にしたのはなぜか。ヒントになる文章を本書で見つけた。「いやだったこと」と題されたエッセーである。小学生の佐藤さんは、広島の被爆者を描いた映画「原爆の子」(52年)を学校の鑑賞会で見た。「その貧乏たらしい汚(きた)ない画面にぞおーとしました」
 登場人物の貧しさが「あの頃の私の日常にそっくり」だったからだ。佐藤さんは貧しい家から一人、お金持ちの学校に通っていた。「いちばん初めに、映画と自分と対決した」のが新藤兼人監督のこの映画だった。
 佐藤さんはこの時、自我と真剣に向き合ったのだろう。自我がむき出しになると、ことさら自分を大きく見せたり、他人に攻撃的になったりする。品格とは、自我を抑えることで醸成されるものなのだ。私が品格を身に付けられるのは当分先だろうが、本書を読んだことで、少しだけ近づけたかもしれない。
    ◇
さとう・ちほ 1941年生まれ。学生時代から映画評を投稿。「映画芸術」誌の編集部に入った後、ペンネームで「映画評論」誌に執筆。70年に渡米後は「映画芸術」誌に書いた。病気のため2001年に帰国。17年、断筆。