共通するのは、切手であることへの責任感
――本書で切手デザイナーの仕事全般の紹介にとどまらず、デザイナー各人にスポットを当てて、デザイナーになるまでの歩みや仕事への姿勢を描いていたのがとても印象的でした。
最初から人物像を軸にしようと決めていたわけではありませんでした。でも、皆さんのお話をうかがううちに、一人ひとりの物語を書きたいと思ったんです。1対1で取材をしていったので他の人がどこまで話しているか分からないなか、皆さん深い話までしてくれました。しかも、いいことばかりじゃなくて、ネガティブな話もしてくれて。すごくサービス精神が旺盛で、誠実な方ばかりです。
――切手デザイナー8人の方々とじっくりお話をされて、仕事に対する姿勢で皆さんに共通しているところは何か感じられましたか。
皆さん、もともとは切手デザイナーという仕事があると知らなかったそうですが、それを感じさせないほど切手を愛し、一人ひとりが責任感を持って取り組んでいらっしゃいます。
基本的に共同作業はせずに、一つの切手は1人のデザイナーが担当されています。相談をしたり、他の人が作る切手デザインとのバランスを見たり配慮はしながらも、一人ひとりが自分の看板を背負い、試行錯誤しながら、真摯に切手と向き合っていらっしゃいます。
――個人的にとても驚いたのが、デザインのための取材やリサーチの熱量でした。切手のデザインって机の上だけで完結するのかなと勝手に思い込んでいたのですが、校正の指摘も専門家から厳しく入る世界で、本当にびっくりしました。
切手であることの緊張感はすごくお持ちですね。本には登場しませんが、楠田デザイナーが手がけた「楽器シリーズ 第1集」では、金管楽器のカーブや裏側がどうなっているのか、動画なども参考に、楽器をさまざまな角度から見て描いたそうです。
間部さんが選ぶ、8人それぞれの「らしさ」を物語る切手たち
――間部さんが考える、8人の切手デザイナーの個性が際立つ切手をそれぞれ教えてください。本に登場する順番で、まずは玉木デザイナーからお願いします。
玉木デザイナーが手がけた切手はたくさんあるので選ぶのが本当に難しいのですが、玉木デザイナーが心がけている「サムシング・ニュー(何か新しいことを)」という意味では、デビュー作の「農業試験研究100年記念」は、1枚のシートになって並ぶとすごくきれいなんです。
――描かれているのは稲穂ですか。
はい、稲穂に至近距離で迫っていて、「誰の真似でもない、自分の切手をこれから作っていくぞ」という強い気持ちを感じました。自分を信じて切手デザイナーとしてやっていく覚悟みたいなものを感じます。
――続いて、中丸デザイナーといえば、やっぱり「ぽすくま」(日本郵便のキャラクター)の切手でしょうか。
そうですね。その中で1枚選ぶとするなら、私もいちばん好きな2013年の「秋のグリーティング」80円切手。このくねくね道を背景にした切手シート1枚の中で、「赤い自転車に乗って配達している」「手紙やプレゼントを届けている」など、ぽすくまのキャラクターを表現しているんですよね。
中丸デザイナーはまさに「ぽすくま」の生みの親で、ご本人の中では「ぽすくま」はこんなことしない、こういう時はこんな表情をするなど、明確なものがおありなんです。要はブランディングなんですけど、そこにはやっぱり並々ならぬものがあります。それでいて、やりすぎないところが中丸デザイナーらしい。受け取る人によって解釈できる余白があるんですよね。だから、次々とすてきなコラボが実現して前進できるんだと思います。
――貝淵デザイナーは? やはり普通切手ですかね。
貝淵デザイナーは、普通切手もご本人らしさがありますが、やっぱり2022年2月に発行された「ライフ・花」グリーティング切手でしょうか。着物への造詣も深い貝淵デザイナーらしく、半襟や帯にも使われた竹久夢二の花図案をモチーフにしています。
――これは私もSNSで見かけて買いました! 細長い切手って珍しいですよね。
こんなに細長い切手は日本の切手史上初だそうです。会議では3つのデザイン案を出したそうなんですが、貝淵デザイナーの本命はこの細長い切手を含むデザイン。謙虚にまわりの意見を聞きながら、新しいものを作っていかれるんですよね。柔らかく、まわりをやさしく巻き込んでいく。そういうやり方が貝淵デザイナーらしいなと思います。
ときには印刷技術もデザインに活用
――星山デザイナーは?
星山デザイナーは「親和性」を大事にされているんですよね。「海のいきものシリーズ」は、まさにそれが表れている切手だと思います。例えば、第2集ではエンボス加工でクラゲの丸みを表現し、第5集ではサンドエフェクト加工でジンベエザメのザラザラした質感を再現するなど、さまざまな印刷技術の特殊加工を使ったシリーズになっているんですが、あくまでも取り上げたい生き物ありきで、そこに親和性があるから特殊加工を施したというスタンスなんです。親和性がないなら、特殊加工は使わないほうがいいと言い切ってしまうところまで含めて、星山デザイナーらしいなと思います。でも不思議なことに、これまで題材に合う特殊加工がちゃんと見つかっているんです。そういう勘と運の良さも星山デザイナーならでは。これまでやってきたことが土台にあるからこその勘と運が働くのではないかと思います。
――丸山デザイナーはどうでしょう?
丸山デザイナーは「日本の城シリーズ」や「伝統的工芸品シリーズ」など写真を使った切手デザインを手掛けるイメージもあるのですが、2016年から始まった「日本の建築シリーズ」で切手に凹版印刷を十数年ぶりに復活させたことがやっぱりすごいなと思います。
凹版印刷では、デザイナーはイメージとなる手描きの絵と写真や資料を渡すだけで、実作業は版を彫る技術者や印刷会社に委ねられます。どう発注すればいいのか前例もあまり残っていないなか、ディレクション力が求められるそうです。そんな手探り状態でも、古き良き印刷技術をもう一度蘇らせて新しいものを作っていけるのは、丸山デザイナーの知識量がなせる技。切手の印刷技術や題材に関する知識が本当に豊富で、雑談レベルの話でもすごく感銘を受けたのをおぼえています。
個性豊かな若手デザイナーたち
――山田デザイナーは? 郵便局員から切手デザイナーになられたのは、また異色な経歴ですよね。
山田デザイナーはものすごく真面目な方です。取材時もうまく答えられない質問はメモして、「後で思い出しておきます」とおっしゃるくらい。切手のデザインに関しても、基本的に手描きなのに、もらった意見や指摘を謙虚に受けとめて、とにかく手を動かすタイプ。より良くなることへの力を惜しまず、常に前向きなところが印象的でした。
山田デザイナーがデザインを担当した今年の「ふみの日」切手は、「青い鳥」がモチーフ。手紙を受け取った人に青い鳥がとまるような、幸せに満ちたデザインで、この切手も山田デザイナーらしく試行錯誤を繰り返して生まれたのかな、と想像しています。
それと、山田デザイナーといえば、やっぱりダジャレです。日本郵便のホームページに、切手制作の裏側を紹介する「切手タイムズ」というコーナーがあるのですが、そこに登場する「レポーター郵子」の“中の人”を務めていて、毎回、冒頭でダジャレを披露するんです。この「ふみの日」切手紹介の回でも、「友人からの手紙に 心が奪わレター!」と、一周まわってシンプルになったような熟練技のダジャレを披露しています。山田デザイナーのダジャレは、一般的なものとはひと味違う、深みのその先にある感覚が好きです。
――真面目さとのギャップがいいですね(笑)。新卒で入られた楠田デザイナーはどうでしょう?
楠田デザイナーといえば、私の中では2019〜2021年に発行された「ふみの日にちなむ郵便切手」の数々。楠田デザイナーの中にある世界から飛び出した切手だと思っています。今回の本を書く際、これらの切手を見ただけで、私の中から次々と言葉が浮かびました。例えば、2019年のものなら、「犬を連れてポストに入れたあの手紙、猫がまどろむ郵便受けにそろそろ届くころかしら。その手紙を届けてくれるのは、赤い自転車? 白い鳩?」といった具合に。
多分、楠田デザイナーがこの切手を作り始めたときから、つまりはまだ絵になる前から、そこに時が流れ、空気があったんだと思います。1本目の線を描く前にどれだけ考えて、どれだけ心を動かしたか。そういうものを感じたんです。ひと言でいえば「世界観」のようなものがある。だから、私はそこに言葉が足せたんだと思います。
――「超レア求人」としてSNSでも話題になった2017年の求人で入った吉川デザイナーは?
吉川デザイナーは、切手に新しい風を吹き込んでいるように思います。日本各地の美味しいものを題材にした「おいしいにっぽんシリーズ」もそうですけど、東京の街の魅力や和の文化を紹介する「江戸―東京シリーズ」もアイデアがすばらしいんですよね。切手も地図もどちらもすごく昔からあるもので人間の生活に近いアイテムなのに、この二つを組み合わせるというのはこれまで誰も思いつかなかったのではないでしょうか。そんな誰も考えなかったことをさらりとやってのけてしまう。そこも、今っぽいんです。吉川デザイナーの企画力が発揮されたシリーズだと思います。
――こうして見てみると、本当に切手デザインのアプローチの仕方はさまざまですし、それぞれの個性が出ていますね。
取材を通して驚いたのは、それぞれ多くのこだわりを持って切手をデザインされていながら、そうしたこだわりの数々は切手という成果物から必ずしもすべてがわかるわけではないということでした。切手デザイナーの方々に切手の話を聞くとたくさん話してくださり、デザイナーの方々は饒舌で雄弁なんですけど、切手は無口。でも、それが切手の魅力でもあります。全部わかっても面白くないですし、切手の奥には何かあると感じながら使うのが楽しいように思います。