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「体はゆく」書評 頭より先に解き 自由に感じる

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月14日
体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉 著者:伊藤 亜紗 出版社:文藝春秋 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784163916316
発売⽇: 2022/11/28
サイズ: 19cm/245p

「体はゆく」 [著]伊藤亜紗

 人が何かを「できる」とは、果たしてどのようなことなのだろうか――。本書はそんな本質的なテーマをテクノロジーの視点から描いている。
 登場するのは5人の研究者だ。一つひとつの章のどれもに、知的好奇心をくすぐられる不思議な魅力があった。
 手に装着してプロのピアニストの指の動きを再現する「エクソスケルトン」、VR空間でのスローモーションによる卓球の練習、「しっぽ」を脳波で動かすこと……。
 あるいは、元プロ野球選手の桑田真澄の投球フォームの研究も興味深い。
 桑田の投球を最先端の科学で解析すると、投げ方が常に同じではないと分かる。彼はその揺らぎを無意識に修正し、同じ結果を出していく。体が頭より先に課題を〈解いて〉いるからだという。
 私たちは自分の体を「リアル」なものだと感じている。だが、科学者たちの最先端研究を通して、その感覚とバーチャルの境界線を〈やすやすと侵犯してもれ出す〉という体のあり様を著者は浮かび上がらせる。頭では分かっていても、テクノロジーによる体験が体をその気にさせる、というように。
 各章で描かれるその瞬間を読んでいると、人間の能力に対する捉え方が思わぬ方向へと深まっていくかのようだった。体は頭で感じているよりも、ずっと自由なものなのだ、と。
 また、副題にある「できるを科学する」とは、個々人の問題に留(とど)まらない。
 5人の研究者との対話には、〈能力主義から「できる」を取り戻すこと〉という目的が内包されていた、と著者は書く。様々な研究による体の可能性を見つめることを通して、能力主義の「社会」のあり方を根底から問うのである。
 テクノロジーによって体の可能性が広がるプロセスの先に、あらたな人間理解の視点を提示する刺激的な一冊だ。
    ◇
いとう・あさ 1979年生まれ。東京工業大教授。美学者。著書に『どもる体』『記憶する体』など。