葛藤に悩む物語に惹かれる
――NMB48のメンバーとして忙しい中で、どうして小説を書こうと思ったんですか?
私、本を読むのが小さい頃から大好きなんです。思っていることを言葉にするのも好きで、ずっと小説を書いてみたいという気持ちがありました。「書くか」と思い立って、気づいたら本当に出させてもらえたという感じですね。
――出版権はオークションで決まったと聞きました。
オークションと言いますか、「作家育成プロジェクト」という企画があり、本の内容やあらすじを決めて、複数の出版社の方々の前でプレゼンして、手を挙げていただくような形でした。
――執筆時間はどうやって確保しましたか?
1年半ぐらいかかったんですけど、朝、レッスンに出かける前とか、仕事が終わって夜、家に帰ってきてからとか、本当にすき間時間を活用して書き進めました。
――アイドルの女の子とオタク(ファン)の男の子、こういう設定をあえて選んだのは?
自分がアイドルをしている経験を活かした方が、1作目として一番面白いものが書けるんじゃないかと思いました。ファンとの恋愛は「絶対ダメやろ」っていうテーマなんですけど、禁断の恋愛だからこそ燃えてしまう部分もある。ファン側から見たアイドルの姿も普段から気になっていた部分なので、そこに焦点を当てて書いてみました。
――この話はアイドルの女の子とオタクの男の子が、それぞれ一人称で心情を綴る章が交互に展開していきます。いろんな出来事が2人の視線で描かれていくんですけども、男の子の心理も巧みに描写していますね。誰かモデルがいたんですか?
モデルはいないんですけど、もともと自分自身もアイドルが好きで、普段ファンの方々とも接したりする中で、オタク側の心理は書きやすかったですね。
――「自分がバイトしてる店に、好きなアイドルが突然お客さんとして現れたら」とか妄想しますよね。「どういう会話をするんだろう」とシミュレーションしたり…
しましたね、登場人物になりきったつもりで。ステージからの景色とか、アイドル側の描写のリアル感は、できるだけ伝わりやすく書こうと心がけつつ。だからこそ、自分じゃない側も力を入れて書きました。
――だんだん距離が縮まって、実々花がケイタとの距離感に悩むところや、ケイタが握手会での実々花の対応にジェラシーをこじらせる場面も妙にリアルです。
もともと、葛藤に悩む人たちの物語に惹かれるところがあって。主人公の実々花が理想と現実のギャップや、ファンと会ってしまっていることに悩む場面は書きたいことでもあったので、すごく楽しく書けましたね。
アイドルの舞台裏、感情を鮮明に
アイドルになれば自然とキラキラ出来るんだと昔は思っていた。ただ「私もステージで歌って踊りたい」そう夢見るだけでよかった。現実はルックス、歌とダンス、人気、仕事量と何もかも皆と比べて苦しみ、進路に悩み、お金に悩む毎日だった。
――アイドルとしての悩みも投影されているのかな、と思いながら読みました。
自分自身を実々花に重ねないように意識しながら書いたんですけど、やっぱり投影されてるところもありますね。自分もアイドルが好きでアイドルになったので「現実ってこうなんだ」という思いは本を書くきっかけになった部分でもあります。
自分自身のアイドル活動も、書いている1年半の間に環境や状況が変わった部分もあったので、その時の自分の感情や状態も反映されているかもしれないですね。小説っていう形だからこそ書けた部分かなと。
――どこまで書くか難しかったのでは?
難しかったですね。アイドルはキラキラした存在に見えて、みんな悩んだり、苦しんだりしている部分を隠してやってるのが尊いなと思っていて。「でも知ってほしい」とか、面白く書きたいとか。本当に迷いながら、程よい塩梅を探しました。
口々にライブの感想を話しながら楽屋に戻る。たくさん汗をかいたはずなのに、誰も中々衣装を脱ごうとしなかった。服に袖を通して帰り支度をすれば、「日常」に戻らなくてはならないことが分かっていたからだろうか。…大勢の前で歓声を浴びた数時間後には、普通に電車に揺られている。誰もが私がアイドルだとは気づかない。
――これは経験した人にしか分からない感覚ですね。
自分でも好きな部分です。衣装を着るだけで気持ちがすごく変わる部分や、帰りの電車の中での感情は、鮮明に書いてやろうと思って。ライブの後の高揚感と、ちょっと喪失感みたいな部分をどう文字で表現するかはこだわった部分でもありますし、これを読んで「自分がアイドルになったみたい」っていう感想をもらった時は嬉しかったですね。
――実々花とケイタの関係は、ある出来事をきっかけに急転します。最後は明るくも切ない幕切れです。
すっきりしたような、ちょっともやもやしたような気持ちになる終わり方ですね。結末はすごく迷って、ギリギリまで決まらなかったんですけど、前向きに終わりたいという気持ちはずっと持っていました。ラストは読んだ人がその先を想像できる形であって欲しいのと、青春を感じてもらえるようにしました。
――やっぱりアイドルとファンは禁断の恋なんでしょうか。2人の関係はアウトですか?
アウトですね(笑)。実々花がケイタのバイト先に自分から行ってしまう時点で、既に外していますね。
――ケイタは将来の夢や目標を持てず、ただ時間が過ぎていくことに焦りを感じている。実々花も母親から「進路を考えなさい」と言われて悩み、いま一つアイドルを完全燃焼しきれない。10~20代の青春時代特有の感情ですね。
そうですね。ケイタは「自分だけは特別だ」と思う一方、自分は本当に普通の人間だという、なんとも言えない気持ちを抱えている。実々花の「全力でやるのが格好悪い」時期は、多分誰しもが通ってきた道ですよね。将来に悩んで、今を頑張れない自分にイライラしながらアイドルをしてる。自分の分身みたいなところはありますね。
理想にとらわれず、もっと好きに
――書き上げて「私、変わったな」みたいな感覚ってありますか?
ありますね。「アイドルとは」について、すごく考えるようになりました。今、アイドルの形がどんどん変わってきていて、「会えるアイドル」になったり、SNSが発達して、よりアイドルのことを知れるようになったりした一方、「アイドルってそんな知れていいものなのかな」っていう迷いが自分の中にあったのを、改めて向き合うきっかけになりました。
――吹っ切れました?
はい、別に理想とかにとらわれず、もっと好きにやっていいんだって思えるようになりました。
――安部さんは現役の大学生で、落語が好きで高座に上がるなど、いわゆるアイドルにとどまらない活動をいろいろしていますが、実々花のように「アイドルその後」をいろいろ考えているんですか?
私は中学生の頃からアイドルになりたいって思って以来、次の夢がなかなか見つからなかった。今のうちに自分の何かを見つけようっていう焦りみたいなものもあるんですけど、今はのびのびとやる期間にしています。最近、アイドルだけじゃやっていけない部分が大きくなってきていて、悩む部分ではあるんですけど、新しいアイドルの時代だからこそ、自分に合うものを、楽しんで探しているところです。
2冊目も小説を書きたい
――Amazonのレビューの中に「本を一冊読んだことのない自分でしたが1日で読み切れました」というのがありました。ご自身は反響をどう受け止めましたか?
もう、読んでくれたっていうことがまずすごく嬉しいです。自分が「アイドルとファン」というテーマの本を出したら、絶対にすごく叩かれると思って、不安で本当にドキドキしたんですけど、好意的な意見や「面白かった」という感想を頂けてすごく安心しました。
――安部さんは普段、どんな本を読みますか?
いろんな小説を読むんですけど、小川糸さんのほのぼのした物語がすごく好きですね。
――最近読んで面白かった本は?
最近は凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』を読んで、すごい感銘を受けました。どうしてこんなに切なくてきれいな物語を書けるんだと思って、一気に読んでしまいました。
――今後も文筆業に挑戦したいですか?
そうですね、2冊目も書きたいです。今回はアイドルをテーマに書いたんですけど、ここで終わったら「またアイドルが何かやった」みたいな感じになってしまう。私は本当に本が好きだし、もっともっと書けるようになりたいって、今回強く思いました。アイドルとしてより、本が好きな人だと思ってもらえるようになりたいです。
――この本のラストも、まだ続きがありそうでしたしね。
続編はたぶん出さないけど、4人組アイドルグループ「テトラ」の、実々花以外のメンバーにも焦点を当てたアナザーストーリーは書けたらいいですね。「本当にこんなアイドルあったらいいのに」と思いながら、こだわって書いたので、私自身も一人一人が大好きなんです。
――今回は小説でしたけども、どんなジャンルが自分に合っていると思いますか?
やっぱり小説ですかね。今回は恋愛でしたけど、次はもっと学生たちの青春に焦点を合わせたものも書いてみたいなと思ってます。
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