アンケートの回答に「衝撃です!」
3、4年生が作る花道に迎えられた「尾木ママ」こと尾木直樹さん。校舎から身を乗り出し歓迎する生徒たちにも手を振り、6年生が待つ体育館へ。昨年12月2日に行われた授業の様子は1~5年生の教室にもライブ配信された。
自己紹介ビデオを流した後、「尾木ママ、こんな学校初めて。衝撃です!」。えっ、いったい何が?! 動揺が走る中、「みなさんの夢が実に多岐にわたっていて感心しました」。
尾木さんは事前にアンケートを実施。その中に「将来の夢ややりたい仕事は?」という問いがあり、回答が、スポーツ選手、音楽家、ゲームクリエーター、看護師や消防士など人の役に立つ仕事、動物や自然を守る仕事と多種多様で、「44年の教師生活でこれほどバラエティーに富んだ回答に出会ったのは初めて」。ほめられ、みんな胸を張った。
尾木さんを驚かせたのはそれだけではない。自由記入欄には「生き抜くためにはどうすればいいですか?」「人生とは何ですか?」「勉強と学問の意味は何ですか?」などの質問が。「なんて深くて哲学的! とても1時間じゃ答えきれないわ」と和ませた。
創立150周年を迎える同校は、伏見城跡や明治天皇陵も近い。「伝統・歴史のただ中に生きている小学生は違う、広やかに物事を考えているなって思いました。みなさん、自信を持って!」
自分のこと好きですか?
気になる回答もあった。「自分のことが好きですか?」という問いに、「好きではない/どちらというと好きではない」と答えた児童が大勢いたのだ。
自分を好きになれない理由には、我を通せない、人の目を気にし過ぎるなどあり、「それって裏返せば、人を思いやる心があるということ」と尾木さん。悪い面ばかりではないが、「自己肯定感って知っている?」と尋ねた。
いっせいに手が挙がる。「あら、びっくり。じゃ、どういう意味?」。すると、「意味はわからないけれど聞いたことがある」。正直な答えに一同大笑いだ。「自己肯定感とは、自分をありのままに認めて好きになる感覚のこと。英語でself-esteemって言います」
尾木さんによると、国際調査においても日本の子どもの自己肯定感は低い。「そのため先生たちも自己肯定感が高まるような言葉がけなどに取り組んでいるのに、なぜかなぁ。子どもだけでなく大人も低いの」。眉を曇らせた。また、自己肯定感の低さには、「耐える力が弱い」「挑戦する力が湧かない」「自信が持てない」などの側面があるという。
アンケートの結果を聞いて、桃山小の田中佑奈さんは、「コロナ禍で人に会えない時間が多かったし、行事も減った。自分を知る機会が少なくなったことも、自己肯定感を低めた理由のひとつじゃないかな」と振り返る。
人と比べず自己肯定感を高める
一方、「私は、自分自身に満足している」という国際比較調査では、国によっては8割を超える子どもが「そう思う/どちらかと言えばそう思う」と回答したとか。「なぜそんなに自信が持てるのか。話し合ってみて」
「家の人がほめてくれるから」「自己肯定感が高いから」。そりゃそうだと友だちに突っ込まれる中、「他人と比較しないから」という声が。
「大正解! 日本の子どもたちは小さい頃から人と比べられている。社会に出てもまた、競わされる。そのことが日本人の自己肯定感を低くしているんじゃないかな」。他者との比較によって優劣をつける「相対評価」に疑問を呈した。
「ところが、保護者のかたにお子さんを他人と比べないでって言うと、反論されるの。比べて競争させないとずぼらなダメ人間になるって」
尾木さん、2022年サッカーW杯での日本代表の活躍を例に出し、「例えばスペイン戦で、日本の選手は何との競争で勝利をつかんだと思う?」。さっと手が挙がり「自分との闘い?」。
「そう! だからみなさんも他人とではなく、過去の自分と比べて成長している、そういう自分を目指すといい」。5年生の時より6年生になった今、昨日の自分より今日の自分。そんなふうに自分との競争を日々積み重ねていく。尾木さんの合言葉は「ありのままに今を輝く」だ。
暗記重視から人間性重視へ
尾木さんの話で少しずつ自信を取り戻した子どもたちだが、進学や受験を控えた6年生だけに、目下いちばんの関心は勉強のこと。アンケートにも「苦手な教科をどうすれば?」「勉強を好きになるには?」などの質問が多かった。
尾木さんはホワイトボードに「知能(IQ)<人間性(HQ)」と書く。「今、世界で求められているのは暗記力ではなく人間性の豊かさ」。IQとはIntelligence Quotient(知能指数)、HQはHumanity Quotient(人間性指数)の略だ。
「W杯でもAI(人工知能)がビデオ判定したわよね」と、身近な例を出す。膨大な量の暗記ならAIに任せればいい。「ただ、AIの弱点は感情を持たないところ。ロシアとウクライナの戦争ではドローンが武器として使われているけれど、使い方を誤れば大勢が犠牲になる。これからの人間に必要なのはAIを使いこなす能力。平和のため、幸せに生きるために、私たちがAIをどう扱っていくのかが課題ね」
暗記教育から人間性重視の教育へ、日本もかじを切ろうとしている。2023年には「こども家庭庁」の設置、「こども基本法」の施行が決まり、これにより文部科学省や厚生労働省など複数の省庁が担当していたいじめや虐待の問題も、1カ所で集中的に解決にあたる。「画期的なのは、子どもを真ん中に置く、子どものことは子どもに聴くという姿勢に、ようやく政府もなってきたところ」と期待を寄せる。
さらに、将来の夢にもあったゲームリエイターについて触れ、「プロに聞くと、ゲームばかりしても仕事にはならない、広く人と関わり、社会に触れないと万人に好まれるゲームは創れないそうよ」。矢口陽大くんは、「Scratchでゲームを作っているので仕事にできないかなと思っていたけれど、人間性の話にハッとさせられた。毎日が自分との競争だということもよくわかりました」。
時折、「教室のみなさん、聞こえてる?」と配信用カメラに駆け寄り、休憩時間には子どもたちにどっと取り囲まれた尾木さん。最後に、「古い時代を生きてきた尾木ママと今を生きているみなさん、両方の力を合わせて新しい時代を切り開きましょう。エイエイオー!」。気勢をあげ授業は幕を閉じた。
生徒たちの感想は…
尾鼻俊平くん(6年生)「自分にも人と比べるところがあったから、これからは人と比べず自分を大切にして成長していくことが大事だと学びました。自分をもうちょっと好きになれそうな気がします」
鈴木駿介くん(同)「人を大切にしたいし、自分も大切にしてもらいたい。だから、みんなでやさしさを高めあって、自分のことが好きになると楽しく過ごせるし、いろんなことに挑戦して得意を増やすこともできる。人間性の話からそんなことを考えました」