パンダのしっぽは何色だ?
平家の落人伝説が残る山あいの学校に、絵本『おまえ うまそうだな』(ポプラ社)や『おとうさんはウルトラマン』(学習研究社)で知られる宮西達也さんがやってきた。ここは、いちばん近いコンビニや図書館まで30キロという、小学生と中学生あわせて全校12人の小さな学校だ。
緊張で静まりかえる教室を見た宮西さん、「生きてますかー!」。リングに上がったプロレスラーさながらのあいさつで一気に空気を変えた。
「今度、中国でパンダの絵本を出すんだ」。すでに宮西さんの作品はいろんな国で出版されているが、今回は中国の出版社と組んだオリジナル。日本発売となれば逆輸入になるという。
やっぱりすごい人だ。ほぐれた緊張が戻りそうな気配を察知すると、「静かにされるのイヤだな~。パンダのしっぽは何色だ? 黒? 白? ピンク?」。「黒!」「白!」。元気な声があがる。「ピンクって答えたらおいしかったのに」と笑いを誘う。
「僕も黒だと思って黒く描いた。そうしたら中国の編集者に白ですって教えられて直したよ」。思い込みと実際は違うのだ。
あきらめる、楽をする、夢はかなわない
続けて『はーい!』(アリス館)や『まねしんぼう』(岩崎書店)を読んだ後、「僕が絵を描く人になりたいと思ったのは小学4年生の時」。当時住んでいた静岡県の清水町も自然豊かな田舎町だった、と語り始めた。
最初の壁は高校2年生の進路相談。やっぱり絵の道に進みたいと告げると、美術の先生が「君の絵じゃ(美大入試に)落ちるよ」。そこで必死に絵を習い、大学の芸術学部に入学。卒業後は広告会社に就職したものの、夢だった仕事とは違うと感じ、辞めてしまった。
絵本作家を目指したきっかけは、学生時代のアルバイト経験にある。バイト先の人形劇制作事務所にある日、絵本の制作依頼がきた。宮西さんの仕事はひたすら色を塗るだけだったが、「楽しい! 絵本って絵をたくさん描けていいな」。
ただ、生活は苦しかった。結婚して子どももいた。独学で絵本を描いては出版社に持ち込むが突き返され、「泣きましたね」。
それでも持ち込み続け1年過ぎた頃、初めて電話が鳴った。「フレーベル館です。編集部も営業部もヘンテコな絵だと反対だけど、出版してみます」
宮西さんには、この日ぜひ伝えたいことがあった。生徒の中には中学を卒業すると家を離れ、市街地に下宿する者もいる。
「夢をかなえない方法は、ふたつ。あきらめる、そして、楽をする」。楽な道を選んで努力を怠れば道は開かれない。「一所懸命続けてごらん。助けてくれる人が現れるから」
また、作品のネタになっている子ども時代の思い出にも、助けられているという。「みんなは今、昔の僕みたいな経験をしている。この土地や学校、家族との思い出、人の思いやりや優しさはみんなのた宝もの」
イラストレーターが夢だという福田姫里(ひめり)さん(小6)は、「絵を描く仕事は思っていたより大変そう。なのに、宮西さんがとても元気な人でびっくり。私もあきらめないでがんばります」。
何だかわからないものが傑作に
後半はワークショップだ。一人ひとりに額が配られ、枠にアクリル絵の具で模様を描く。次に段ボール紙に黒とオレンジ2色の油性ペンで、「妖怪とかオバケ、天地にいそうなもの、とにかく何だかわからないものを描こう!」。
夢をあきらめなかった話を聞いた後だけに、みんなの気合いも十分。さっそく、ひとつ目小僧、雪だるまオバケ、しま模様の三日月、思い思いに描きまくる。へんてこなウサギが多いのは、宮西さんが「来年は何年?」と聞いたから。「子、丑、寅…」と始めた生徒に、「そこから!?」。笑いがはじける。
「同じのを何個描いてもいい」「オレンジ色を増やして」「こわいウサギにしたんだ。いいね~」。宮西さんの激励で作業はヒートアップ。段ボール紙2枚目に突入する生徒も。「これは面白くなるぞ」と、宮西さんも期待大だ。
ぎっしり描いたらハサミで切り離す。思いのほか固い段ボール紙に悪戦苦闘する生徒には、宮西さんも手伝う。気がつけば参観の保護者や地域の人も混じって、一心不乱にハサミを繰る。とその時、「アッ」。
なんと宮西さん、生徒が描いた妖怪の足を切ってしまった。「ごめん、足が1本無くなった…」「だいじょうぶ!」。しょげる宮西さんを生徒が慰める。その後もあちこちで「アッ」と声があがったものの、もともと何だかわからないものだからかまわないのだ。
最後は、切り離した絵を宮西さんが額の中へ貼り付けて完成。出来上がりを見て阿部光輝(らいと)さん(中2)は、「描いている時はこれがどうなるのかわからなかったけれど、我ながらいい作品になった。みんなで笑いながら工作できてとても楽しかったです」。
少人数の学校だけに、ふだんは児童1人に先生1人という授業も多い。「みんなの反応が見られて面白かった」「大勢で作業したのが楽しかった」という声が多く聞こえた。
宮西さんも、「スポーツと違って誰かと競う必要がない、そこが工作のいいところ。年齢や性別、住んでいる場所の違いも関係ないんだ」。
そんな宮西さんに質問が。「絵本を描いている時はどんな気持ちですか?」。これに「今日やってみて、みんなはどうだった?」。逆に尋ねると、全員が「気持ちよかった!!」。「でしょ。僕も!」。アートが気持ちをひとつにした。
生徒たちの感想は…
渡辺羚良(れいら)くん(小5)「宮西先生が貧乏だった話に驚き。工作は足をはやしたヘビを描いたんだけど、切るのがむずかしくて半分に切っちゃって、それを宮西さんが頭としっぽを別々のところにはったけど、これはこれでいいや!」
阿部舜子(とうこ)さん(中3)「宮西さんの苦労話から、努力は何をするにしても必要だと思いました。工作はどの作品も個性があふれていて、何より全校生がひとつになってコミュニケーションをとりながらできたのがすごく楽しかったです」