「植物少女」書評 あなたがそこに在ることの尊さ
ISBN: 9784022518842
発売⽇: 2023/01/10
サイズ: 20cm/178p
「植物少女」 [著]朝比奈秋
生命は、生と死で線引きして区切られるものではなく、多くの場合に中間がある。人によっては、老いや病がその中間地帯にうろのような時間を作るだろう。反応に乏しく、会話もままならなくなったその人を前に、往年の姿を想起し、人間らしさが奪われてしまったとやるせなさを感じてしまうのも自然なことだ。
しかしその状態も、ただ死が猶予されただけの無為の時間などではないと、本書は教えてくれる。
主人公である美桜(みお)は、自分を産んだ際に脳出血を起こし、植物状態となった母親の近傍で成長してきた。病室で授乳された記憶も、深い呼吸音を聴きながらひざ枕で眠ったことも、ものを食べさせてあげたこともあるが、美桜は母親を、意思を示すことのない「生身の人形」の姿でしか知らない。生まれつき植物状態だとの思い込みをつい人にもらしたこともある。誰に憐(あわ)れまれても、母は愛(いと)しい。
思春期になると、穏やかな病室と実社会はいっそう隔絶される。父親には恋人らしき人がいて、学校ではいじめにあう。その生きづらさを美桜は母親にぶちまけたり、わざと苦痛を与えることで憂さを晴らしたりするが、それも母はただ受け入れてくれるのだ。
息をしているだけの存在ながら、しかと生きていること、人間としてそこに在ることの尊さを、美桜はやがて得心する。
「母はかわいそうじゃない(中略)空っぽなんかじゃない」
欠損が元通りになるのを願うのとは別の、存在の肯定。母の過去を知る父と祖母の感慨や、母と同室に入院した少年が植物状態で成長する姿もあわせて描かれ、この特別な母と娘の物語は、生の本質とは何かという普遍的な問いとなり読者に開かれていく。
幸福と不幸のあいだにも分かりやすい線引きはない。悲劇的な人生を、それでもまっとうする母の強靱(きょうじん)さこそ、美桜には愛と感じられたはずだ。
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あさひな・あき 1981年生まれ。医師。2021年に「塩の道」で林芙美子文学賞。著書に受賞作を収録した『私の盲端』。