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「絵画の素」書評 「触れる」も意識させる読書体験

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月18日
絵画の素 TOPICA PICTUS 著者:岡﨑 乾二郎 出版社:岩波書店 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784000615150
発売⽇: 2022/12/01
サイズ: 20cm/459,8p

「絵画の素」 [著]岡﨑乾二郎

 読書はその人が手に取る造本から切り離せない。読書体験が「電子書籍」へと広がるならなおさらだ。書評という営みも、本当は取り上げる本のたたずまいと併せて書きたいのだが、そんな機会はなかなかない。たいていは文字内容だけ取り出して論じる。けれども、そもそも内容とはなんだろう。そんなことを考えたのは、本書ではそれができない、と感じたからだ。「はじめに」で「三体問題」に触れている通り、ここでは「読む(文章)」「見る(図版)」「触れる(頁(ページ))」の三つが同等に進行していく。それを収めているのが本という「器」だ。器を論じるのに器の造形に触れないわけにはいくまい。
 その点、本書は外見こそ箱のように分厚いが、収められた一編一編は簡潔で、図版はすべてカラーなので、驚くほどずんずん読み進められる。加えて先の三体に「触れる」を含めたように、本は手になじみ、紙の手触りも心地よい。この手の専門書は文字が小さくて難儀することがあるが、活字は年齢を問わず読みやすく、読書という物理的な感覚から入る体験を適度に加速させる。書籍はときに時が経つと文庫化されるが、この本ばかりはいまある器を離れては、まったくの別ものとなってしまうだろう。
 こうして本書を読む体験は、たんに知識を得たり、主題を理解したりするのとは根本から違っている。それは、著者がペトラルカをひいて語るように「読書によっておこる彼自身の思考の変化、気持ちの変化つまり経験」を引き起こす。その点で本書には、意表を突く形容かもしれないが、優れた絵本(よむ、みる、めくる)だけが持つ「三位一体」の特性を豊かに備える。だからなのだろう。本書は、わたしたちがいつのことか初めて本に触れた時の経験を呼び覚まし、ゆえに「予感」のようにどこか懐かしい。『絵画の素』は「読書の素」でもあるのだ。
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おかざき・けんじろう 1955年生まれ。造形作家、批評家。『抽象の力』で芸術選奨文部科学大臣賞。